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アジアの旋風

第7回着実に準備を積み上げ、飛躍のシーズンへ

活動2年目のシーズンを迎えるIDEMITSU Honda Team Asiaは、新たな体制でスタートを切りました。2014年のラインアップは、昨年後半から参戦しているマレーシア人選手のアズラン・シャー・カマルザマンに加え、Moto2クラス3年目の日本人選手、中上貴晶が合流し、2名の選手でシーズンを戦うことになります。

中上は、1992年生まれの22歳。DORNAが主催するMotoGPアカデミーを経て、2008年からMotoGPの125ccクラスに参戦しました。その後、一時は全日本選手権へスイッチしましたが、2012年からMotoGPへ復帰し、Moto2クラスで戦っています。2013年は3度のポールポジションと5度の表彰台で、クラス有数のトップライダーとして大きな成長を遂げました。

アズランは、昨年第12戦のサンマリノGPからMoto2への参戦を開始し、徐々に世界グランプリの舞台になじみながら、一戦一戦着実な成長を続けました。Moto2と平行して参戦していたアジアロードレース選手権SS600クラスでは、最終戦のカタールでダブルウインを挙げて、堂々のアジアチャンピオンを獲得。名実ともに、アジアを代表するスター選手です。

この両名で挑む2年目のシーズンは、2月のバレンシアサーキットにおけるテストで開始しました。2月11日から13日の3日間のテストを終えると、チームはイベリア半島を南下し、18日から20日までヘレスサーキットで3日間のテストを実施しました。その後、2週間の間隔をおいて3月11日から13日まで、再びMoto2クラスのチームと選手たちがヘレスサーキットに集まり、合同テストを行いました。

今年からIDEMITSU Honda Team Asiaは、マシンのシャシーをKALEXに変更しています。以前の所属チーム時代からこの車体に乗り慣れている中上は、テストでも好調な走りを披露し、着々とマシンのベースセットアップを積み上げながら、貴重なデータをどんどん収集していきました。

初回のバレンシアテストで、中上は総合3番手。続くヘレステストでは4番手タイムでした。そして、プレシーズンを締めくくる2回目のヘレステストでは総合トップタイムを記録して、開幕に向けて万全の手応えをつかみ、プレシーズンテストを締めくくりました。

アズランは、総合25番手。順位こそ中上からやや離れましたが、自己ベストタイムはトップから1.6秒差とまずまずの内容で、初体験のKALEXシャシーに対する理解を徐々に深め、着実に順応を遂げていることは、タイムにも反映されています。

チームを指揮する岡田忠之監督は、「非常に充実した内容のメニューを消化できた」と、この計9日間のテストを振り返りました。

「今年はチームとしてKALEXのシャシーを初めて使用するシーズンなので、プレシーズンはデータの収集に集中しました。昨年は、路面温度の変化でマシンキャラクターががらりと変わることも多かったので、そのようなコンディション変化に対応するためにも、データの収集は非常に重要です。その意味では、KALEXの特性をよく知る中上がチームに加わってくれたのは、我々にとって非常に大きな意味がありますし、それはアズランにとっても同様です。中上の一発タイムの速さは、すでにみなさんもご存知の通りです。その速さと、強いライディングをレース後半でも維持できるためのセッティング、ライディングのキャパシティーを増やすための取り組みを、この冬の間に続けてきました。一方のアズランは、2回目のヘレステストでだいぶんいい走りができるようになってきました。プレシーズンを通して、アズランはライディングスタイルの改造に取り組み、今もその途上にあります。ヘレステスト最終日のロングランで、この修正がだいぶんいい方向に進んでいる感触を、本人も我々チームもつかんでいます。開幕戦のカタールは、アズランが昨年のアジア選手権最終戦でダブルウインを飾った、相性のいいコースです。現在、彼が進めているライディングの改造がさらにいい方向へ進めば、上位をうかがう位置でのフィニッシュも期待できそうです」

開幕戦を目前に控えた両選手も、意気軒昂な様子です。

「昨年までと今年は、モチベーション面でも全然違います」と、中上は強い意志のこもった口調で話します。
「昨年も、オフシーズンのテストでは常に上位にいたのですが、今年は日本のチームに移籍して、とてもいい雰囲気でテストを進めてきました。『ここの準備ができなかった』というものがないので、いつでもスタートできる状態です。どんな結果が出るのか、今シーズンがとても楽しみです」

アズランも、穏やかな話しぶりながら、その言葉からは強い決意が感じ取れました。
「プレシーズンテストは、マシンのキャラクターやセットアップについて理解が進み、走るたびにどんどんよくなっていきました。新しいライディングスタイルも、模索をしながら少しずつ慣れている最中です。今年は、昨年よりもいいリザルトを残したいですし、特にここカタールはいい思い出のあるコースなので、がんばりたいと思います」

中上は常にトップ争いを、アズランはトップ15以内を狙いたいと、それぞれの抱負を語りました。

岡田監督は、来るべき一年の見通しについて「表彰台を狙える位置に、常にいることが今年の目標です」と話しました。

「勝利回数が少なくてもいいんです。表彰台を狙える位置に常にいられれば、展望が見えてきます。中上は、走れば速いことはすでにわかっています。アズランは、この一年が非常に重要であるということを十分認識した上で、彼のメンタルやフィジカルの指導をしていきたいと思います」

最高峰クラスでは、青山博一がHonda陣営に復帰

2014年は、最高峰のMotoGPクラスでも、日本人が存在感を発揮しています。Hondaは、今年から始まった「オープンカテゴリー」のレギュレーションに沿ったマシン「RCV1000R」の開発を進めてきましたが、2014年シーズンは3チーム4名の選手がこのマシンで参戦します。その4名の一角を占めるのが、日本人選手の青山博一(Drive M7 Aspar)です。青山は2009年に中排気量の250ccクラスにHonda RS250RWで参戦してチャンピオンを獲得し、翌年から最高峰へ昇格しました。2012年にはスーパーバイク世界選手権へスイッチしましたが、2013年にMotoGPへ復帰、今季は古巣のHonda陣営でオープンカテゴリーのマシンに跨がり、シーズンを戦います。

2月上旬のマレーシアテストでRCV1000Rに乗り込んだ青山は「基本がしっかりしているマシンなので、乗っていても安心感があります。あとは、自分がどれだけこのマシンのポテンシャルを引き出してやることができるか、ですね」と語り、熱心に走行を重ねて、データの収集とベースセットアップの積み上げに取り組みました。2月下旬にもマレーシア・セパンサーキットで3日間のテストを行い、その後、当地カタールでの合同テストを経て、開幕戦を迎えました。

初日の結果は、45分を走行して17番手のタイムでした。
「最初の4〜5周は調子よく走れたのですが、その後、電気系のトラブルが出てしまいました。乗り換えたマシンにもトラブルが出てしまったので、今日はあまり大きな確認作業をできないまま終わってしまいました。走り出しはとても気持ちよかったので、その流れが切れてしまったのは残念ですが、決勝でいきなり問題が出るよりは、今日出たほうがよかったので、明日の2回のセッションで問題を解決し、がんばりたいと思います」

2日目の走行では、この電気系の問題は究明され、ラップタイムも前日のものを1.3秒ほど更新しました。
「今日は大きなメカニカルの問題はありませんでした。2回目のセッションで違う方向性にセットアップを振ってみると、いい感触だったので、明日もこの調子で進めていきたいと思います」

土曜の予選はトップ15に入り、日曜の決勝を迎えました。ナイトレースとして行われる開幕戦のカタールGPでは、午後6時にウォームアップ走行を行い、決勝レースは午後10時にスタートします。このサーキットは日没後に温度条件が大きく変化する砂漠地帯に位置しており、レースではフロントを切れ込ませて転倒する選手が続出しましたが、フロント・リアともに柔らかめのコンパウンドのタイヤで挑んだ青山は、このトリッキーなレースを乗りきり、全22周の戦いを終えて11位でチェッカーを受けました。

「目の前にいた選手を抜くのに手間取りましたが、最後になんとかオーバーテイクしてチェッカーを受けました。レースペースはもっと速く走れていたはずだと思うのですが、その間にタイヤのいいところを使ってしまったのが残念で、悔しいです。トラブルから始まった開幕戦のレースウイークでしたが、チームがうまくまとめてくれて、決勝では全くトラブルが出なかったですし、マシンもしっかり走ってくれたので、スタッフとチームに感謝ですね。ウインターテスト以降ずっと抱えていた旋回性の問題について、方向性が少し見えてきて今週はそこが少しよくなったので、次のレースではこの課題を重点的に詰めていきたいと思います」

残念なリザルト抹消と、高いパフォーマンスという事実

Moto2クラスのセッションでは、中上が常にタイムシートの上位に位置しながら、ウイークが経過していきました。木曜のフリープラクティス1回目は、最速タイムから0.145秒差の3番手でしたが、2回目のセッションではトップにつけました。

「特にタイムアタックもしていないですし、レースを見据えたセッションの進め方で、初日にしてはいろんなことを試せたと思います」と、この日の走行を振り返りました。

2日目はスケジュール上、1セッションだけになりましたが、この日はだれも前日の中上のタイムを更新しなかったため、中上は暫定トップの位置をキープしました。土曜の予選では向かい風が強く吹き、「納得のいく予選ではありませんでした」と語りながらも、フロントローを確保して3番手の位置から決勝レースに臨むことになりました。

「最低限の目標であるフロントローを確保できたことは、明日に向けていい材料だと思います。明日はハイペースのレースになるでしょうが、準備はできているので楽しみです。ラバト選手は、序盤であまり速くなくても必ず追い上げてくるでしょうから、焦らずにレース戦略を練りたいと思います。明日は、最低でも表彰台。優勝争いができると思います」

決勝レースは日曜の日没後、午後8時20分から20周で争われました。

中上は序盤周回からトップを走行し、順調にハイペースで周回を重ねていきましたが、前日の予測通り、やがてエステベ・ラバト選手がひたひたと後方から差を詰めて追い上げてきました。13周目、ラバト選手は中上をパスしてトップに立ちますが、その後も中上はスキをうかがいながら僅差で食い下がり続けます。最終ラップの最終コーナーを2台はほぼ同時に立ち上がり、中上はラバト選手のスリップストリームについた状態でゴールライン目指して駆け抜けていきました。

結果は、ラバト選手に対して0.040秒差の2番手でチェッカーフラッグ。
「いやー、惜しかったです……、くらいしか言う言葉がありません」と、レース後の中上は、やや上気した表情で感想を口にしました。

「悔しいですが、最後の1mまで優勝を争えたのはポジティブだと思いますし、今後に向けていいレース内容だったと思います」

中上に肉迫されながら僅差のタイムで優勝したラバト選手は、
「最後の一瞬まで、気を抜くことができなかった。昨年のタカは、一度追い抜いたらあとは離れてゆく一方だったけれども、今回は最後までしぶとかった。今年の彼は、昨年と違う」と、力強く成長したライバルの健闘を称えました。

一方、アズランは19位でチェッカー。目標としていたトップ15には惜しくも届きませんでしたが、プレシーズンから取り組んできたライディングの改造が結果に結びつくレースになりました。

「スタートで失敗してしまって、ほとんど最後尾になってしまったのが残念です」とアズランは序盤のミスを反省しました。「この失敗で、中段グループも見えない位置になってしまい、そこから懸命にプッシュしたのですが、19位のフィニッシュが精一杯でした。ライディングスタイルを変更し、セットアップもよくなってきただけに、スタートで失敗したことが悔やまれます。次のオースティンは、ぜひともスタートを成功させていいレースにしたいと思います」

岡田監督も、アズランの課題と成果をそれぞれに評価しています。
「たしかに、まだまだ努力しなければいけない部分があります。今日のレースでは、スタートでウィリーして最後尾になってしまい、そこからの追い上げになりました。でも、たくさんの選手が転倒した中で完走を果たしたことや、最終ラップの前の周、19ラップ目に今回のウイークの自己ベストタイムを更新したことは、高く評価できると思います。タイヤが摩耗している終盤にベストラップを出せたのは、走りを変えている最中の彼にとっては非常に意義のあることですし、今後につながる結果です。順位はさておき、今回のアズランはたくさんのことを学べたレースだったといえるでしょう」

そして、このレースが終わった深夜12時過ぎ、驚くべき通達がチームにもたらされました。開幕戦で2位に入った中上の車両が、技術規則(2.5.3.6.10)に違反しているとの理由からリザルトを剥奪され、失格処分との裁定が下ったのです。

Moto2クラスでは、エアボックスに変更を施すことが許可されておらず、エアフィルターも既定の量産品以外を使用してはならないと技術規則には記されていますが、チームはIRTA(インターナショナル・レーシング・チーム・アソシエーション)のインフォーメーションをもとにレース用キットパーツを使用してもよい、と解釈していたのです。

この解釈の違いは残念ながらレースディレクションには認められず、今回の中上の2位表彰台は幻となってしまいました。
「レース後の車検において、『中上選手のマシン』に対して技術規則違反があるとの指摘を受けました。そしてレースディレクションからはレース結果の剥奪でノーポイントとなることが言い渡されてしまい、各スポンサー様はじめご協力頂いた関係各位の皆様には、このような結果になったことを深くお詫び申し上げます」

岡田監督は今回の事態を重く受け止め、チーム代表としてこのように謝罪を表明しました。
「今回のレースディレクションの決定は、『支給されたエアボックス』を使用しなければならないというものであり、その裁定には従わざるを得ないと思います。しかし、この技術規則ならびにIRTAからのインフォメーションも理解しがたいものでありますので、チームといたしましては、改善の提案をしてまいります。今後もチーム一丸となって活動してまいりますので、引き続きご支援をよろしくお願いいたします」

裁定を受け入れたチームは、この文言にある通り、IRTAに対してインフォメーション図の改正と図内パーツ番号記載の提案を行いました。

2014年の開幕戦は、結果的に、中上とチームにとっては、残念きわまりないリザルトになってしまいました。しかし、レースウイークを通じて高い水準でマシンを仕上げ、決勝レースでも圧倒的な速さでチェッカーを受けたという事実は、だれにも動かすことができません。