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vol.2 Honda MotoGP 2013シーズン分析 トップへ

今シーズンも8戦を終えた。その展開はあまりに衝撃的なものだ……。
トップライダーたちとのバトルを繰り広げたり、後方から追い上げたり……そんなレースの見せ場を作るのは、マルク・マルケス。ライバルが口を開けば、マルク・マルケス。そして、開幕8戦を終えて、勝者はすべて、マルク・マルケス。ファンの方は、あまりにも「マルク・マルケス」の名を聞きすぎているかもしれないし、私もその名を口にしすぎている……が、これほど圧倒的では仕方あるまい。マルク・マルケスを公私にわたって支えていると言っても過言ではない中本修平さんから、テレビでは分からない、彼の走りの背景にあるものについてうかがってきた。
「マルク・マルケスがまた勝利」という、これからも幾度となく繰り返されるであろうニュースを、より興味深く楽しむことのできる情報をお届けしてみたい。

データから見る、マルケスの走りのすばらしさ

ケーシー・ストーナーの引退とともに、MotoGPへのデビューを果たしたマルク・マルケスは、そのストーナーに勝るとも劣らない、「分析の難しい走り」をするライダーだ。鋭いブレーキング、深いバンク角、予期せぬ挙動もすばやく収束させる対応力。彼の強さを象徴するポイントはいくつも挙げられるが、中本さんら、チーム関係者だからこそアクセスできる情報から、これを裏付けるものを引き出してみよう。

マルケスのブレーキング

宮城:もはや、マルケスの走りについてなにも心配はしていませんけど、一つだけ気になったことがあるんです。彼はカタルニアの予選、アッセンのFP3と今シーズン2回転倒しているわけなんですけど、そのいずれもブレーキング中、フロントからのスリップダウンなんですよね。彼のライディングが変わってきているのか、セットアップによるものなのか、実際のところはどうなんでしょうか。
中本:まあ、実際、マルクのセッティングには特徴があって、フロントへの負担は大きい乗り方だというのは確かですね。ダニのそれとは対照的に、ブレーキを引きずりながらだと、なかなか曲がってくれない。だから、どうしても強いブレーキングで奥まで突っ込むことになる。でも、ブレーキングを終えてから一気にフルバンクさせて、スロットルを開けていくと、マシンがスッと曲がっていくんだよね。
宮城:なるほど、ストレートからブレーキングという流れで考えるとタイム差は生まれないけれど、スロットルを早く開けられる分、そのあとのスピードが伸びると。ほかのライダーとは走りの組み立て方が違ってくるし、それが勝負強さにもつながるでしょうね。
中本:ただ、カタルニア予選の転倒については、原因はもっと単純かな。コーナーの途中にギャップがあるということに加え、サインボードで「P2」と出したのを見て、「これはいかん」とブレーキを30mも奥まで突っ込んだから……、というのが原因みたいなんだよね。
宮城:中本さんもよくおっしゃっていますけど、ブレーキングをがんばっても、それほどタイムは縮まらないんですよね……。それよりも、全体の走りをちゃんと組み立てた方がタイムは着実に短縮できる。まあ、いまや「釈迦に説法」みたいになってしまいますけど!
中本:マルクは釈迦どころか、煩悩のかたまりだから、大丈夫だよ(笑)!
ただ、そんな中でもデータを見ていて面白いことが分かってね。そのコーナー、いつもは時速270kmで曲がっているんだけど、30m奧でブレーキングをして、コーナリングを始めるはずだったポイントのスピードも時速270km。つまり、「たまたま転んでしまったけど、30m奧でのブレーキングも可能」ってことなんだよね。
宮城:それだけ短い距離で減速ができる、マルケスのテクニックにも驚きますけど、それを支えるRC213Vのブレーキ性能も驚きですよ。
まず、ライバル勢が使っている340mm径のブレーキディスクではなく、320mmのものを使い、さらにブレーキカバーまで取り付けてなお、なんの問題もなくレースを走りきれること。多少なりともハンドリングの重さにつながる、ブレーキ冷却用のダクトといったパーツも取り付けなくていいので、倒し込みや切り返しでのリニアさにも貢献しますよね。
中本:うんうん。
宮城:そして、ブレーキスタビリティー。マルケスのブレーキングは、画面で見てみるとほかのだれよりもリアが浮き上がっているように見えます。これだけリアタイヤが浮いている時間が長いと、着地のころには、フロントとリアの回転数がだいぶ変わりますよね。それなのに、着地してからの姿勢がものすごく安定している。ライバル勢は、ここまで安定感のある挙動は見られませんよ。
昨シーズン後半あたりからの進化がめざましいブレーキングスタビリティーを、さらに向上させるなにかを投入したのではないかと、僕は見ているんですけど……。
中本:いや?なにもしてないよ。
宮城:なにもしていないはずがないでしょう(笑)!?
中本:いいえ、なにもしていません。
宮城:僕の目を見てください(笑)。去年の「MotoGP分析」でも、「中本さんに根気よくアタックを続ける」って約束してしまったんですから!
中本:……さすが、元HRCワークスライダー宮城光、いいところ見てるよね(笑)。ブレーキに限らず、いろいろと飛躍的な進化をさせなくてはいけないと思っていて、腰を落ち着けて開発しているところですよ。
宮城:相変わらずガードが堅いですね……。

マルケスのコーナリング

宮城:その鋭いブレーキングから、一気にバンクさせて……マルケスはここの安定感もすごい。フルバンクさせてゼブラゾーンに乗るなんて、あり得ないようなことを、こともなげにやってしまう。そういえば、「ゼブラゾーンの方がグリップする」なんて、信じられないような発言もありましたね。
中本:それは、ケーシーも言っていたことがあったな。コースにもよるし、ドライじゃなきゃ使えないテクニックですよ。彼の場合、タイヤと路面のグリップの関係を変えることでチャタリングを解消する、というような使い方だったね。
宮城:バンク角だって、だれよりも深いように見えます。
中本:これはよく言われることなんだけど、データ上では、マルクが特別深いという数字は出てきていないね。
マルクがコーナリング中に膝だけでなくて、肘までも擦っているのは、ライディングポジションによるところが大きいんじゃないかな。もう、一文字ハンドルにしてしまってもいいんじゃないか、というくらい、角度が開いている上に、前の方に乗っているから。単純なバンク角という意味では、ケーシーの方が深かったと思いますよ。彼のステアリングは、マルクのそれのように開いてはいなかったので。

マルケスの冷静さ

宮城:もうひとつ、すばらしいと思ったのは、レースに臨むときの冷静さ。オランダでは、みんなが「どっちのタイヤで出ようか」と迷ったり、ミーティングを繰り返したりしている中、「俺はウェットで行こう」と腹をくくっているように見えました。
中本:あのときは、レース途中から乾く可能性が高そうだから、「ラップタイムを見ながらピットインのタイミングを指示するからね」という話をしてあったんだよね。だから、彼の頭の中では、ウェットタイヤで走りきる可能性はないと思っていたんでしょう。
レースの進行としても、ちょっとイレギュラーなことがあったんだけど、我々も粛々と準備を進めたことで、ライダーに無用な心配をさせずに済んだのかな。
宮城:話は前後してしまいますけど、カタルニアでは本当に感心しました。レース終盤、ロッシ、マルケス、ペドロサがトップを競い合う大混戦の中、イエローフラッグが振られていたのを見て、順位を戻したシーンがありました。
あれを混戦の中で、っていうのは、なかなかできませんよ。
中本:そうだね、イエローフラッグの中で順位を変えてしまったときは、それを元に戻さないとペナルティーだからね。ただ、マルクは、もともとレース中にあまり熱くなることはないね。
宮城:ええっ!あんなに速く走っているのに……。
中本:ぶっちぎっているときでも、レースが終わったあとで話をしてみると「何コーナーのどこそこにかわいい子がいた」みたいなことを言うくらいだからね。
宮城:ネタ……じゃなくて、本当にやってそうだな、あの人は(笑)。

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