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VOL.4 ヘルメット

ドライバーの身を守る

概要

SUPER GT GT500クラスに参戦するNSX-GTの最高速は300km/hを超える。言い換えれば、1秒間に83.3メートルの距離を移動する超高速で動いていることになる。そんなスピードでぶつかったら……。ぶつかったときの衝撃で運悪く火災が発生したら……。万が一の状況でドライバーの頭部を守るのがヘルメットだ。ラウンドした形状でインパクトをかわしつつ、考え抜かれた構造と材料で衝撃を分散・吸収する。と同時に、火の侵入を防ぐバリアの役目も果たす。ARAIのヘルメットを例に、ドライバーの頭を守るヘルメットの機能を見ていこう。

野尻選手のヘルメット
野尻選手のヘルメット
バイザーを下ろしている野尻選手の姿
バイザーを下ろしている野尻選手の姿

LAP 7

耐火性確保のためにも保護範囲を広くしたい4輪用シールド(左)は面積が狭く、厚みがある。ライディングの際に広い視野が必要な2輪用シールドは面積が広く、4輪用より薄い。製法も異なり、同じポリカーボネート製ながら4輪用は熱曲げ加工、2輪用は射出成形(レース向けは熱曲げ加工)で製造。

2種類のバイザー、左が4輪用、右が2輪用
2種類のバイザー、左が4輪用、右が2輪用

LAP 8

ヘルメットはドライバーが個性を主張できるアイテムのため、カラーリングに凝るドライバー/ライダーが多い。ただし、重量増や重量バランスに対する配慮が欠かせない。オープンコクピットで使用する場合、整流目的のフィンを装着するのが一般的だ。アライヘルメットの場合、安全性を損なうような空力付加物は一切認めない。

実際にインディで使用した佐藤琢磨選手のヘルメットとニッキー・ヘイデン選手が愛用したユニークなヘルメット、そしてGP-6RC
実際にインディで使用した佐藤琢磨選手のヘルメットとニッキー・ヘイデン選手が愛用したユニークなヘルメット、そしてGP-6RC

頭部を守る構造

ヘルメットは帽体(シェル)、衝撃吸収ライナ、シールド、内装、あご紐で構成されている。このうち、帽体は衝撃エネルギーを分散すると同時に、硬く尖った物が突き抜けないよう防御する役割を果たす。全体がなめらかな曲面で構成されているのは、ファーストインパクトの衝撃を「かわす」ためだ。帽体が柔らかいと、衝撃を受けた際に変形し、そこを基点に衝撃を受け止めてしまう。突起物がある場合は、その突起物が衝撃を受け止めてしまう。それを避けるため、ベンチレーション用の突起は衝撃を受けた際に外れる構造になっている。帽体の素材はFRP(ガラス繊維強化プラスチック)だ。軽量でありながら高い強度を確保できると同時に、適度な粘りがあり、衝撃を分散するのに適しているが特徴だ。

衝撃吸収ライナはその名のとおり、衝撃を吸収する役割を受け持つ。より具体的には、脳に伝わる衝撃をやわらげるのがライナの役目だ。そのライナは発泡スチロールでできている。一粒一粒が順番につぶれることで、衝撃を効果的に吸収していく。ヘルメットが物にぶつかった際は、帽体に衝撃が伝わると同時に、ヘルメットの内側で頭がライナにぶつかっている。その脳への衝撃を内側から吸収するのもライナの役目だ。強度が必要な窓部や裾の開口部に硬い発泡体を配するなど、部位ごとに硬さの異なる発泡体を組み合わせている(生産工程上の理由から色分けしている。茶色は柔らかく、青は硬い)。

赤い縦線までが頭を守る構造の要求される保護範囲
赤い縦線までが
頭を守る構造の要求される保護範囲
滑らかな曲面は「かわす性能」を発揮するため
滑らかな曲面は「かわす性能」を発揮するため
硬度の異なる発泡体を一体成形するハイブリッドライナ
硬度の異なる発泡体を一体成形する
ハイブリッドライナ
部位によって硬度が色分けされている
部位によって硬度が色分けされている
ライナの厚み
ライナの厚み
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4輪用ヘルメット固有の特性

運転中、上下左右に首を振る2輪に比べ、4 輪は動きが少ないこともあり、2輪用に比べて窓部を狭くしている。
これは保護範囲を広くするのが狙いで、火の侵入を防ぐ目的でもある。頭部が露出したフォーミュラと違い、ウインドウに守られたSUPER GTではシールドなど不要と思うかもしれないが、火から頭部を守るレギュレーションで規定されてもいる。2mm厚のシールドでも耐火性は十分だというが、アライヘルメットは耐火性能を高めるため、3mm厚のシールドを使用している。シールドは、衝撃を受けた際に開かないよう、ロックシステムで保持される。また、ライナの内側に取り付けて頭部に接する内装には難燃性の合成繊維を用いている。あごの部分にあるフラップ状の内装はとくに、火の侵入を防ぐためのものだ。

衝撃や火から頭部を守るのがヘルメットの役割だが、サーキット走行中は前後左右に大きなG(重力加速度)が加わる。ヘルメットが重いと首の負担が増えるため、求められる性能を確保しながら、少しでも軽く仕上げる努力が払われている。

難燃性の素材が3つの部位で構成されている
難燃性の素材が3つの部位で構成されている
シールドの厚さの違い
シールドの厚さの違い

生命を守る性能試験

ヘルメット開発の現場では、用途や仕向地などに応じて各種試験を行っている。例えばスネル規格が定める試験のひとつに「衝撃吸収試験」がある。人頭模型と呼ばれる人の頭を模したマグネシウム合金製の模型にヘルメットを被せ、一定の高さから落下させる。スネル規格では、8.5m/s(秒速8.5メートル)の速度でアンビルと呼ぶ衝撃面に衝突させた際、衝撃加速度が300G(Lサイズ)を超えてはならないと定めている。

俗に、300Gを超えると脳に何らかの障害が出ると言われている。取材時は、8.5m/sの衝突スピードを実現するため、3.9mの高さまでヘルメットを引き上げた。衝突スピードを6.31m/sに変え、2回目のテストを行う。衝突させるのは1回目と同じ場所だ。
1回目の試験の結果は 203G、2回目は165Gだった。取材時には人頭模型にヘルメットを被せず、30cmの高さから落としてもらった。その際の衝撃加速度は360Gだった。ヘルメットがいかに効果的に衝撃を吸収しているかがわかる。

5mもの高さから落下させるための装置
5mもの高さから落下させるための装置
3.9mの高さから落下させる衝撃吸収試験
3.9mの高さから落下させる衝撃吸収試験
通気口にストライカーを落下させる
通気口にストライカーを落下させる

アンビルには種類があり、平面形アンビルは路面を想定。半球形アンビルは路肩の段差やガードレールの支柱、エッジアンビルはガードレール、バーアンビルはロールバーへの衝突を想定している。
スネル規格では、突起物など尖った物体に対するヘルメット(とくに帽体)の強度を調べる「耐貫通性試験」も定めている。3kgある槍状のストライカーを3mの高さから落とす。ストライカーの先端がヘルメットを突き抜けて人頭模型に接触すると、センサーが感知する仕組みだ。スネルはこのほか、あご紐の強度やヘルメットの脱げにくさを調べる試験、チンバーと呼ぶあごガード部の強度試験、シールドの耐貫通性試験を定めている。
ヘルメットを使う地域によって温度条件はさまざまだ。温度が変わると材料の特性が変わるが、そのとき、ヘルメットの特性が悪化してはならない。温度条件が変わっても初期の安全性を維持できるよう、−20℃の超低温や50℃の高温状態でも試験を行っている。

各種の規格をクリアすることが絶対条件だが、規格をクリアすれば安全性に問題はないとは考えていない。なぜなら、規格で定める試験が実際の衝突時の状況を完全に再現しているわけではないからだ。アライヘルメットの場合は、前項で触れた衝撃を「かわす」形状に設計するなど、独自の技術を投入して人の頭を守る性能を高めている。

落下時の衝撃度を表すグラフ、(赤い線を越えると脳震盪を起こして後遺症が残るとされるライン)
落下時の衝撃度を表すグラフ。(赤い線はヘルメット規格の衝撃 上限値)
テスト後のヘルメット
テスト後のヘルメット
貫通テストに使われる槍状のストライカー
貫通テストに使われる槍状のストライカー
3mの高さからストライカーを落下させる試験
3mの高さからストライカーを落下させる試験
貫通せず頭部を守る(左の穴は通気口、ここもテストして貫通しないことを確認)
貫通せず頭部を守る(左の穴は通気口、
ここもテストして貫通しないことを確認)
ライナは凹むが頭部は守られている
ライナは凹むが頭部は守られている
アンビル(左から、平面形、半休形、ロールバー、エッヂ)
アンビル(左から、平面形、半休形、
ロールバー、エッヂ)
人頭模型(それぞれ重さが違う)
人頭模型(それぞれ重さが違う)
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SUPER GT特別仕様

冷気の流れ
冷気の流れ

SUPER GT GT500クラスのドライバーが被るヘルメットは、特殊な条件に合わせてカスタマイズされている。代表的なのはエアコンへの対応だ。炎天下の車内は60℃にも達するため、2014年に導入された新規定により、エアコンの搭載が義務づけられた。エアコンといっても乗用車のように室内全体を冷やすのではなく、ドライバーの体を直接冷やす仕組みだ。冷気の一部はヘルメット上部に取り付けられたダクトを通じて内部に供給される。その空気の通り道を確保するため、衝撃吸収ライナと頭部の間でクッションの役目をする内装に手が加えられている。材料に粗いウレタンを使用したうえで溝を切り、空気がよく通るようにしているのだ。

上から入った空気は下に抜ける仕組みだが、あごの部分にあるフラップ状の内装が邪魔をしてしまう。このフラップは火の侵入を防ぐ意味で重要なので、火の遮断性能を落とさない範囲で、空気の抜けを良くするために小さくしている。また、火の侵入を防ぐためにもシールドは閉じておいた方がいいが、冷気の通りを考えても、シールドは閉めておいた方がいい。シールドは開けておくより閉めておいた方が、安全かつ快適なのだ。

過酷なドライビングを長時間連続して行うドライバーにとって、水分補給は欠かせない。そのため、ヘルメットにはドリンクを供給するチューブが差し込まれている。また、ピット側との交信を行う無線装置が組み込まれており、そのための処理が施されている。

ヘルメット装着で臨戦モードに入る小林選手
ヘルメット装着で
臨戦モードに入る小林選手
シールドを閉じて走行する野尻選手
シールドを閉じて走行する野尻選手
ドリンク供給はステアリングのボタン操作で行う
ドリンク供給は
ステアリングのボタン操作で行う
ヘルメットに取り付けされる無線機器
ヘルメットに取り付けされる無線機器
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総括

レーシングドライバーはステアリングホイールとペダルを精密に操ってスピードを追求しつつ、後続車の攻めを防ぎ、先行車の隙を突いて前に出ようとする。自分の体重の何倍にもなる荷重に耐えながら、ステアリングを切り、ブレーキペダルを踏みつける。時速300キロの世界に生きるアスリートだ。超高速の世界で体を動かすアスリートなので、その特殊な環境に応じたプロテクターが必要。その代表格が頭部を守るヘルメットである。衝撃から頭を守る安全性能が第一だが、ドライビングに集中するための快適性に関しても考え抜かれた設計となっている。

今回話を伺った上様
今回話を伺った上様
サーキットでのメンテナンスを行う中里様
サーキットでのメンテナンスを行う中里様
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