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GTプロジェクトリーダー 松本雅彦 現場レポートvol.110 Rd.8もてぎプレビュー タイトル獲得を賭けたシーズン最後のチャレンジ もてぎで重要になる“ブレーキ・マネージメント”とは?

 最終戦の舞台となるツインリンクもてぎは、ストップ&ゴー・サーキットのためとにかくブレーキにとって厳しいサーキットであることは皆さんもご存じでしょう。このため「ブレーキ・マネージメントが何よりも重要になる」という話も、どこかで耳にされたことがあるかもしれません。そこで今回は「ブレーキ・マネージメントとはいったいどんなことを指し、どんな作業を行うのか?」について、まずはご説明しましょう。

 現在のGT500クラス車両に装着されているのは、ブレーキパッドとブレーキディスクの両方がカーボンコンポジットで製作されたカーボンブレーキです。このカーボンブレーキには、1)制動力が高い、2)ブレーキ温度が上昇しても制動力が落ちにくい、3)いわゆるバネ下荷重の低減に役立つなど、スチールブレーキに比べて数多くのメリットがあります。

 このうち、レーシングカーにとって特に大きな意味を持つのが2)の温度上昇に強い点です。一般の公道を走行する量産車よりもはるかに過酷なブレーキの使われ方をするレーシングカーでは、ブレーキ温度が1000℃を上回る高温になっても性能が低下しにくいカーボンブレーキは非常に強力な武器となりますが、それでも性能限界を越えて温度が上昇すれば制動力が落ち込むほか、ブレーキの摩耗が早くなって寿命が短くなる恐れがあります。したがって、スチールブレーキより性能的に有利なのは事実だとしても、カーボンブレーキでも温度管理をしっかりと行わなければいけないことには変わりないのです。これがブレーキ・マネージメントの大原則といえます。

 ここで重要になるのがブレーキの冷却です。ご存じのとおり、レーシングカーでは走行風をダクトで導いてブレーキの冷却に役立てていますが、ブレーキを酷使される区間であろうとそうでなかろうと、またレースの序盤でも終盤でも、同じようにブレーキ温度を適切な範囲内に収めて安定した制動力を確保することが重要となります。

 また、ブレーキ温度の前後バランスも非常に大切です。たとえばフロントばかりに負担がかかったり、リアばかりに負担がかかるようでは、負担のかかる側のブレーキだけが早く摩耗してしまい、4輪のブレーキが持っている性能を発揮しきれないうちに寿命が終わってしまう恐れがあります。そこで、前後のブレーキがバランスよく摩耗するようにするためにも、それぞれの温度をしっかりと適正範囲内に収めるよう管理することが必要になります。

 さらにいえば、ブレーキが適正温度に達するまでにどうウォームアップすればいいのかというのも大切なテーマです。たとえば、まずはブレーキバランスをフロント寄りにしてフロントのブレーキをウォームアップした後に、今度はブレーキバランスをリア寄りにしてリアブレーキをウォームアップするのが好ましいケースもあるでしょうし、その逆もあり得ます。そのほか、どのくらいの時間をかけて、どの程度までブレーキをウォームアップするかというその手順もおろそかにできません。

 ここまでの説明でおわかりのとおり、ブレーキ・マネージメントはとても地味で地道な作業です。しかし、これらがしっかりできるかどうかによって、ブレーキのパフォーマンスがフルに発揮できるかどうかが決まり、もてぎのレースでの勝敗を左右することになるのです。なお、こういったブレーキ・マネージメントはチームだけの力ですべて完璧にシミュレーションすることが難しい側面もあるので、私たちHondaのノウハウも活用しつつ、各チームと密接に連携をとりながら対策を実施していくことになります。

 ブレーキ以外についていえば、もてぎは比較的追い越しが難しいサーキットとして知られているほか、最終戦はレース距離が通常よりも短い250kmとなるため、通常のシリーズ戦以上に予選結果が重要となります。したがって、土曜日の午前中に行われる練習走行では、前述したブレーキ・マネージメントの最終確認をおこなうとともに、ブレーキング時のリアスタビリティをいかに向上させてこれをラップタイムに結びつけるかというセッティング作業も重要となります。

 チャンピオン争いの面では、Honda勢で可能性が残されているのは#100 RAYBRIG NSX CONCEPT-GT(山本尚貴/伊沢拓也組)だけとなりました。しかも、ポイントリーダーとは17点差となっているので、1位に20点、2位に15点が配分される現在のポイントシステム下では自力優勝の道が閉ざされていることになります。この点はとても残念ですが、私たちにできることは彼らを優勝に導く以外にありません。したがって、まずはこの点に注力して最終戦に臨むことになります。

 もちろん、残る4台のNSX CONCEPT‐GTの活躍にも期待がかかります。とりわけ第7戦オートポリス大会で3位表彰台を得た#17 KEIHIN NSX CONCEPT-GT(塚越広大/武藤英紀組)、そして今シーズン随所で速さを見せながらもこれまでそれらを成績に結びつけることができなかった#15 ドラゴ モデューロ NSX CONCEPT-GT(小暮卓史/オリバー・ターベイ)の2台には、#100 RAYBRIG NSX CONCEPT-GT同様、上位入賞が強く期待されます。今シーズン、長足の進歩を遂げたダンロップ・タイヤを装着する#64 Epson NSX CONCEPT-GT(中嶋大祐/ベルトラン・バゲット組)も上位争いに絡んでくれるでしょう。#8 ARTA NSX CONCEPT-GT(松浦孝亮/野尻智紀組)についてもこれまでの悔しさをバネに最終戦で一矢報いて欲しいところです。

 ツインリンクもてぎは鈴鹿サーキットと並ぶHondaのホームコースであり、NSX CONCEPT‐GTを駆る10人のドライバーにとっては走り慣れたサーキットでもあります。ファンの皆さんのご期待に応えるためにも全力で最終戦に挑みますので、よろしくご声援のほど、心からお願い申し上げます。