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GTプロジェクトリーダー 松本雅彦 現場レポートvol.87 Rd.4 菅生レビュー 反撃に向けた第一歩を踏み出す ついに表彰台を獲得したNSX CONCEPT-GT

SUPER GT第4戦菅生大会で、NSX CONCEPT-GTがようやく反撃に向けた第一歩を踏み出すことができました。本大会では#17 KEIHIN NSX CONCEPT-GT(塚越広大/金石年弘組)が3位でフィニッシュし、NSX CONCEPT-GTに初の表彰台をもたらしたのです。この点はもちろんうれしいのですが、Hondaとしてそれ以上に重要だったのは、新たに実施した冷却系の強化に一定の効果が認められた点にあります。

なぜ、冷却系を強化するだけで4戦も費やさなければいけなかったのでしょうか? そもそも、当初NSX CONCEPT-GTの冷却能力が不十分だったのはどうしてでしょうか? 今回はまずこの点からご説明しましょう。

何度もご紹介してきた通り、SUPER GTのGT500クラスは今シーズンより基本的にドイツ・ツーリングカー選手権(DTM)の車両規則をそのまま用いています。ところが、DTMはフロントエンジン車しか出場を認めていないため、車両規則も当然、フロントエンジン車を前提にして策定されています。しかし、この同じルールを、エンジンをミッドシップするNSX CONCEPT-GTにそのまま適用すると、エンジンルームの冷却ならびに排熱が不十分となって温度が上昇し、エンジンのパワーダウンや、さまざまな部品の不具合を招くことになります。これを私たちは熱害と呼んできました。

NSX CONCEPT-GTの熱害が一番はっきりした形で現れたのは第2戦富士大会でした。あのレースではエンジンルーム内の温度が急上昇したためにエンジン補機類のトラブルが発生。5台中4台がリタイアしたばかりか、残る1台も不具合を起こしたパーツを“だましだまし”しながら走行を続け、ようやくフィニッシュにたどり着きました。したがって第2戦富士大会は、ファンの皆さんにとってはもちろんのこと、私たちにとっても目を覆いたくなるような惨敗だったと言えます。

その原因が、前述した熱害にあることは明白でした。ちなみに、決勝のときの気温は20℃。それにもかかわらず、エンジンルーム内はプラスチック部品が溶け出してしまうほどの高温にさらされていたのです。

そこで私たちは、冷却能力改善に必要なモディファイが実施できるよう、SUPER GTを統括するGTアソシエイション(GTA)にレギュレーションの改正を申し入れました。昨年までのレギュレーションであれば、この程度の改良は自動車メーカーの判断で簡単に行うことができましたが、DTMに範をとった新レギュレーションは過当競争を防ぐためにクルマの仕様を細かく定めており、冷却系の強化といえどもメーカーが勝手に改造することは許されません。そこで私たちは熱害の状況を、さまざまなデータとともに詳しくGTAに説明し、「レーシングカーとして成立させるため、最低限でもこの程度の改造を認めてほしい」と要望しました。その結果、GTAの合意を得て、冷却系の強化がようやく認められることになったのです。

もっとも、改造そのものはそれほど大がかりなものではありません。まず、フロントグリルの開口部を拡大するとともに、ここで採り入れた空気をエンジンルームまで導くダクトを追加。このダクトを取り回す関係でエンジン吸気ダクトやエキゾーストパイプ冷却の取り回しを一部見直しました。また、エンジンルーム内にこもりがちだった熱気を後方に吐き出すため、リアバンパーの開口部を拡大しています。そのほか、リアウインドウをカーボンコンポジット製に改めましたが、従来のアクリル製ではエンジンルームの熱でひずんでしまうため、より耐熱性の高い素材に置き換えた結果でした。

あわせて、本大会よりNSX CONCEPT-GTの最低重量はこれまでより13kg軽い1077kgとされました。つまり、軽量化の余地が生まれたわけですが、第4戦菅生大会を戦った5台のNSX CONCEPT-GTにはまだ軽量化を実施していません。今回は冷却系の強化を中心に取り組んだため、軽量化を施すだけの余裕がなかったというのが正直なところです。

では、これらの改良によりNSX CONCEPT-GTのパフォーマンスはどのくらい向上したのでしょうか? 予選結果を見ると、#100 RAYBRIG NSX CONCEPT-GT(小暮卓史/武藤英紀組)がNSX CONCEPT-GT初となるフロントローを獲得してくれたほか、5台のNSX CONCEPT-GTがすべてトップ10のグリッドを確保しました。

もっとも、ポイントランキングの上位陣は軒並み50kg以上のハンディウェイトを積んでいます。これに対し、Honda勢では最も重い#18 ウイダー モデューロ NSX CONCEPT-GT(山本尚貴/フレデリック・マコヴィッキィ組)でさえ22kg、もっとも軽い#32 Epson NSX CONCEPT-GT(中嶋大祐/ベルトラン・バゲット組)は2kgしか積んでいません。つまり、NSX CONCEPT-GTはハンディウェイトがそろって軽かったことが、予選でトップ10に食い込む一つの要因になったと考えることができます。

もう一つ、Honda勢の中で最も多くのチームが使うブリヂストンのレインタイヤが非常にいい仕上がりをみせたことも、予選での躍進に大きく貢献したはずです。

話が多少前後しますが、土曜日に行われる予定だった公式予選は日曜日の午前に延期されたものの、このときコンディションはウエットでした。そのあとで行われた決勝レースも、空模様の影響を受けて大きく展開が変わってしまいました。

決勝レースでは時折り雨が降ることもありましたが、周回数の大半はドライ用のスリックで走行できるコンディションでした。ところが、レースが始まって間もなくと、レースの半ば過ぎの2回にわたって雨粒が空から舞い落ちてきます。しかも、雨脚はかなり強くなりそうな気配でした。そこで、この2回のタイミングでタイヤ交換をしようとするチームが現れましたが、結果的にどちらの雨もさほど強い降りとはならず、このためピットに駆け込まずにスリックタイヤのまま走り始めたチームのほうが有利という展開になりました。

ところが、Honda勢の5台はレース序盤に雨が降ったときには5台がほぼ同時にピットインしてウエットタイヤに履き替えました。さらに2回目の雨では#8 ARTA NSX CONCEPT-GT(ヴィタントニオ・リウッツィ/松浦孝亮組)、#18 ウイダー モデューロ NSX CONCEPT-GT、#32 Epson NSX CONCEPT-GTの3台がウエットタイヤを求めてピットインします。結果的に、5台のNSX CONCEPT-GTはこれで大きく遅れてしまいましたが、レース後半に雨が降り始めてもレインタイヤへの交換を踏みとどまるとともに、その後は塚越選手が目の覚めるような追い上げを見せてくれた#17 KEIHIN NSX CONCEPT-GTが3位でフィニッシュし、表彰台に上ってくれました。

結果的にHonda勢は雨に翻ろうされてしまいましたが、各チームがピットインしたタイミングでは雨が降り続けるともすぐに止むともわからない状況で、したがってタイヤ交換を行ったチームが戦略的なミスを犯したと非難するつもりはありません。各チームとも、その時点で最善と思われる判断を下し、その結果が吉と出たか、凶と出たかというだけのことだったと私は理解しています。

一方、前述の通り冷却系の強化に関しては一定の成果が出ました。とはいえ、今回は雨のため、スタート時の気温は22℃までしか上がっていません。したがって、夏真っ盛りの中で開催される第5戦富士や第6戦鈴鹿を戦ってみなければ、今回の冷却系強化が十分だったかどうかを判断することはできないと考えています。

とはいえ、シリーズ前半に多くの取りこぼしをしたHonda勢にとって、次の第5戦富士はまさに正念場。これ以上、ポイント差を広げられるわけにはいきません。皆さんのご期待に応えられるよう、次戦にも全力で臨みますので、引き続きのご声援をどうぞよろしくお願い申し上げます。