GTプロジェクトリーダー 瀧敬之介 現場レポート

※写真は2010年シーズンのものです

vol.19 2011年シーズン ウインターテスト編 後半
進化したHSV-010 GT
本格化する2011年モデルの熟成

2月23〜24日に鈴鹿サーキットで行ったテストでは、HSV-010 GTの5台すべてをサイドラジエター化した2011年モデルに仕立て、走行に臨むことができました。ここまでのテストでは、サイドラジエターのレイアウトは取り入れていても、空力面などは暫定仕様のものもあったので、これでようやく2011年シーズンに向けた開発が本格化したといえます。

今回のテストには大きく分けてふたつのテーマがありました。ひとつはエンジンルームの熱気抜きの確認、もうひとつは2011年シーズンより採用される新しい予選方式を睨んだタイヤテストです。それぞれ順に説明していきましょう。

まずはエンジンルームの熱気抜き。2010年モデルのHSV-010 GTでは、車両前端に設けたエアインテークより取り込まれた外気は、その直後に置かれたラジエターを通過したあと、ボンネット上のラジエターダクトを経由して車外に放出していました。このレイアウトは冷却風の経路が短く、したがってダクト体積のエンジンルーム内に占める割合が比較的少ないので、エンジン周辺のスペースに余裕があり、熱気抜きには有利でした。ところが、サイドラジエター化した2011年モデルでは、車両前方のエアインテークから前輪直後のラジエターまで長くて太い2本のダクトを用いて外気を導いており、このダクトがエンジンを両側から挟み込む形になっています。つまり、エンジンルームのスペースに余裕がなく、内部に熱気が溜まり易いやや不利なレイアウトになったのです。

この結果、エンジンルーム内の熱気を抜くためにもルーバー(窓にかけるブラインドのように、細いスリット状の切り込みがたくさん並んだ通気孔)が必要となりました。もっと正確にいえば、2010年モデルにもエンジンルームの熱気を抜くためのルーバーはありましたが、その数と面積を増やさなければいけなくなったのです。

ただし、空気の抜け道であるルーバーを増やすと、一般的にいって空気抵抗(ドラッグ)が大きくなり、ストレートスピードは鈍ります。これはできるだけ避けたいので、必要最低限のルーバーで効率よくエンジンルーム内の熱気を抜かなければなりません。今回は大きく分けて3種類のルーバーを用意し、それぞれの熱気抜きの様子をチェックしました。これは外気温との兼ね合いもあり、イベント毎にチェックをしながら最適な位置と大きさを決める必要がありそうでした。

一方、空気の通り道が変わればクルマ全体のエアロダイナミクスも微妙に変化します。2011年モデルのHSV-010 GTでは、サイドラジエター化にともなって細かい形状変更ですが車両外板を全面的に見直しました。これは空力特性を整えることが目的ですが、いくら風洞実験を通じて決めたデザインとはいえ、実走行と風洞実験では結果に微妙な食い違いが生じることもあります。ところが、今回は両者のズレが比較的小さく、ほぼ狙ったとおりの昨年後半戦の空力特性に近いものとなっていることが実走行データから確認されました。昨年の開幕戦の段階ではライバル勢に遅れをとっていたストレートスピードも、今回のテストではほぼ互角のレベルに到達していることが明らかになりました。もちろん、この先のライバルたちの開発次第では状況が変わってくる恐れもありますが、2011年モデルのHSV-010 GTが着実な進歩を遂げ戦闘力があることは間違いないと思います。

続いて、新しい予選方式への対応についてお話ししましょう。

皆さんご存知のとおり、SUPER GTの予選方式にはスーパーラップ方式とノックアウト方式のふたつがあります。どちらにするかはオーガナイザーの判断で決まりますが、このうち、ノックアウト方式のレギュレーションが一部変更になりました。これまで、ノックアウト方式の第3セッション(Q3)まで進出したマシンは、Q3で使用したタイヤで決勝のスタートを切らなければいけない、とのルールがありました。これが、今度は第2セッション(Q2)で使用したタイヤでQ3にも出走しなければいけないうえ、同じタイヤで決勝にも臨まなければならないことになったのです。つまり、1セットのタイヤで、Q2、Q3、そして決勝の第1スティントをこなさなければいけないのです。

小さな違いにしか見えないかもしれませんが、これは意外に難問です。なぜなら、Q2で使った後、一度冷えてしまったタイヤで今度はQ3を戦うことになりますが、Q3の時間内にもう一度十分ウォームアップして性能を発揮するようなタイヤでなければ、望むような成績は残せません。ここで簡単に温まってタイムが出るように単純に軟らかいタイヤを選んだら、決勝の第1スティントでは苦戦を強いられる結果になるでしょう。今年の予選タイヤには、Q2、Q3、決勝の第1スティントのすべてを走り切れる今までの以上のライフが求められます。つまり、素早く温まって、ライフも長いタイヤを探さなければいけないわけですが、これらは相反する条件であり、そのようなタイヤを開発するのは簡単ではありません。

現在、HSV-010 GTにタイヤを供給していただいているブリヂストンやダンロップと共同で開発を進めているところですが、まだこの段階では「これだ!」というものは見つかっていません。特に今回のテストは、初日は想定外に気温が高く、反対に2日目は雨が降って冷え込むという、タイヤテストには決して好ましいコンディションとはいえませんでした。したがって、この課題については今後のテストで引き続き検討していくことになります。

タイヤの話題が出たので、GT500クラスのタイヤの現状についても簡単に触れておきましょう。現在、GT500 クラスでもっとも多くのマシンにタイヤを供給しているのはブリヂストンで、台数が多い分データが豊富に得られるメリットはあります。そうは言っても他のタイヤメーカーであるダンロップ、ヨコハマ、そしてミシュランも経験豊富で技術力ではひけを取らない強豪です。Honda勢では#32 EPSON HSV-010にだけダンロップがタイヤを供給しています。データが少ない分、若干苦戦していますがオフシーズンのテストでは確実な進歩を遂げています。エントリー全体から見れば少数派となるこれらのタイヤメーカーですが、もしも彼らがウオームアップ性能に特化したタイヤを予選の第1セッション(Q1)に投入してきたら、どんなことになるでしょうか? 今季、GT500クラスに参戦するのはライバルメーカーを含め15台。このためQ1では5台が不通過となるので、いくらデータ量が豊富で優位とされるブリヂストンも、場合によってはここで“ふるい”にかけられる可能性も出てきます。ですからここ一発でタイムを出せるタイヤも必要となってきます。従ってこのオフシーズンのテストは、各タイヤメーカーにとっても非常に大切なテストとなっている訳です。これらタイヤメーカー間での戦いも今シーズンの見どころのひとつ、といえそうです。

さて、ウインターテストもそろそろ総仕上げの段階に入ってきました。次回は、これまで得られたデータをもとにして、開幕戦の行方を占ってみることにしましょう。

なお、3月12日(土)〜13日(日)に鈴鹿サーキットで「モータースポーツファン感謝デー」が開催されます。2011年モデルのHSV-010 GTも走りますので、ぜひ2011年モデルをご覧ください。

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