RA300 1967年夏、たった1ヵ月半で作りあげられた新型車はRA300と命名された。ジョン・サーティーズと個人的に親しい関係にあったレーシングカー・コンストラクター「ローラ」社の協力があって初めて可能なことだったが、RA300のパーツの一部がローラ製だったことから、口の悪い外国人記者は”ホンドーラ”と呼んだ。急拵えのマシーンではあったが、大幅な軽量化によってパワフルなエンジンも有効に使え、このマシンにとっての緒戦イタリアGPで素晴しい快走を演じることになる。モンヅァの高速コースでは各車が集団になってスリップストリーム合戦を展開する。9位スタートのサーティーズ/HondaRA300は第2集団からジワジワと浮上、残り10周を切ったところでいよいよトップ争いに加わった。ラストラップの最終コーナーでジャック・ブラバムを抜き去ると、最後の直線、渾身の力を振り絞って加速する。真横に並んだブラバムをわずか0.2秒差で振り切りHondaはF-1通算2勝目を挙げた。それは歴史に残る激闘だった。