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受け継がれて行く名機OHCツイン
Honda DREAM C70
(1957) Honda DREAM C70
 



名機OHCツインと神社仏閣スタイル

2ストローク100ccエンジンを、初の自社製チャンネル型フレームに積んだドリームD型 ('50年)。4ストローク150ccエンジンを搭載し、峻険な箱根の山道をトラブルなく走破したドリームE型('52年)。その拡大版である220ccのドリーム4E('54年)。Hondaの“夢”のモーターサイクル造りは着々と進んでいった。'55年にはHonda初のOHCエンジンを搭載したドリームSA(250cc)が登場し、モダンな造りと高性能で人気を博す。さらに'57年、Honda初の2気筒エンジンを積んだモデル、ドリームC70(以下C70)がデビューした。C70のエンジンは空冷4ストローク並列2気筒OHC・247ccで、当時の国産250ccクラスとしては驚異的な18・/7400rpmの最高出力を発生。4速ロータリーのミッションを介し、130km/hの最高速を実現した。フレームはプレスバックボーン、フロントサスはボトムリンク式、リアはスイングアーム式と、当時のHondaのスタンダードといえるものだ。何より特徴的なのは、ライト、フォーク、フェンダー、タンク、サイドカバーなど、各部を四角く造形したスタイリングデザインだろう。当時の日本製バイクは欧米メーカーの影響を強く受けていたが、Hondaは社長・本田宗一郎氏が自ら奈良や京都を散策するなどして、デザイン面でも日本的な独自性を模索。ひとつの回答として打ち出したのが、C70に代表される独特の角張ったライン、通称“神社仏閣”スタイルだったのだ。高回転高出力のエンジンと独自の神社仏閣デザインで、C70は現在まで続くHondaの個性を打ち立てたモデルだといえよう。C70発売直後の'57年10月、第2回浅間火山レースが開催されたが、Hondaは同レースにC70ベースのレーサー(C70Z)を投入。優勝は逃したものの、実用車の枠に留まらないほどのスポーツ性をアピールした。C70の2気筒OHCエンジンは、改良を受けつつ様々なモデルに搭載され、名車CB72('60年)などに受け継がれていく。

Honda DREAM CB72 SUPER SPORT

(1960) Honda DREAM CB72 SUPER SPORT
 



'60年代の幕開けを象徴するスーパースポーツ

ドリームCB72スーパースポーツ(以下CB72)は、'59年デビューのCB92(125cc)に続き 、Hondaが発売した本格スポーツモデルだ。CB92が浅間火山レースなどで蓄積された'50年代テクノロジーの集大成だとすれば、CB72は世界グランプリ参戦の経験も踏まえた新時代のスーパースポーツだといえよう。CB72のエンジンはC70以来の空冷4ストローク並列2気筒OHC・247ccだが、チューン度はさらに高まって、ライバルを圧する最高出力24ps/9,000rpmを発揮した。特徴的なのは、用途に合わせて2種類のクランクを設定していた点だ。180度クランクのタイプ・は高速型とされ最高速度155km/h、360度クランクのタイプ・は中速重視で同145km/h。当初タイプ・は輸出専用とされ、日本国内ではタイプ・だけが販売されていた。だが、やがてタイプ・も併売されるようになり、好みに合わせて選択することができた。ミッションは4速リターン。フレームは鋼管を用いたバックボーン(ダイヤモンド)型で、CB92などのプレスバックボーンとは一線を画す。フロントサスもCB92などのようなボトムリンク式ではなく、テレスコピック式が採用されている。スポーティな一文字ハンドルに合わせ、ステップは後退気味の位置。しかもオーナーの好みで、前後3段階にステップ位置の変更が可能と、マニア泣かせのアイデアも盛り込まれていた。スタンダード状態でも十分以上にスポーティなCB72だが、さらにHonda純正のレース用パーツ(通称Y部品)も各種用意され、ロードレースはもちろんモトクロスでも大活躍。多くのアマチュアライダーが、CB72で腕を磨くことになった。もちろんストリートでもCB72の人気は非常に高く、'68年に後継モデルCB250がデビューするまで、ロングセラーを続けたのである。なおCB72の一文字ハンドルは、悪路が多かった日本の事情には合わず、アップハンドル仕様(CBM72)も併売。実際の販売数はむしろCBM72のほうが多い。

 

Honda DREAM CL72 SCRAMBLER

(1962) Honda DREAM CL72 SCRAMBLER
 



CB72の心臓をもった本格オフローダー

スポーツバイクの歴史を追うと、どうしてもオンロード車やロードレーサーに目がいきがちだ。しかし不整地走行を得意とするオフロード車やスクランブラーも、常に人気を集めてきたジャンルである。'60年代以前の日本は道路の舗装率が低く、オンロード車といっても、実際には砂利道などを走行していたのだ。またロードレースを行える施設はかなり限定されており、レース出場には多額の費用もかかる。そういった事情もあって、'60年代の日本で最も盛んだった2輪モータースポーツは、市販車の小改造で参加できるモトクロスだったといえよう。Hondaはそんな事情に合わせ、オフロード走行に適したモデルを開発した。それがドリームCL72スクランブラー(以下CL72)である。エンジンはオンロードスポーツCB72とほぼ同じ空冷4ストローク並列2気筒OHC・247ccで、最高出力も24ps/9000rpmと同一。ただしCB72がセルスターター装備(キック併用)なのに対し、CL72はキックのみ。フレームはCB72のバックボーン(ダイヤモンド)型に対し、CL72は専用のシングルクレードル型で、ホイールも前後19インチと大径。外装変更だけでオンロード車をオフロード車に仕立てるメーカーも多かった中、フレームから別設計にしているあたりにHondaの意気込みがうかがえる。ダブルのアップマフラーは、CB72より端切れのいい勇壮な排気音を弾き出した。CL72は日本初の本格的な市販オフロード車として、モトクロスで大活躍。軽量ハイパワーな2ストローク単気筒マシンが台頭するまで、中型オフロードスポーツとしては圧倒的な人気を誇り、もちろん一般道でも幅広く支持されたのである。'60年代のHonda車は、オンロードスポーツがCB/CS系、オフロードスポーツがCL系という分類になっていた。CLはやがてSL、そしてXL/XLRへと昇華。オンロードもオフロードもこなす万能スポーツバイクとして、CL72の血脈は今も受け継がれている。

 


Text by Nobuyuki Higashi
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