arrowSEEVERT GALLERY TOP

SEEVERT GALLERY
INDEX BACK NEXT
岡田選手のこと
Honda RVF/RC45
(1999) Honda RVF/RC45



Force V4ことHonda V4の血統を受け継いだのが1994年に従来のRVF/RC35に代わって投入されたスーパーバイク・マシン、RVF/RC45。4ストローク水冷V型4気筒DOHC16バルブ・エンジンにはツインインジェクターのフュエルインジェクションが採用されている。フレームは目の字断面のアルミ製。当初は片持ちスイングアームが採用されていたが、その後両持ちスイングアームに変更された‘94年に登場以来、8耐では'94年ダグ・ポーレン/アーロン・スライト、‘95年スライト/岡田忠之、'97年・‘98年伊藤真一/宇川徹、'99年岡田忠之/アレッシャンドレ・バロスによって6年間で5勝を達成した。また、スーパーバイク世界選手権でも‘97年にRVF/RC45に乗るジョン・コシンスキーがタイトルを獲得している。8耐で圧倒的強さを誇ったRVF/RC45だったが、その後、2000年からはVツインのVTR1000SP-Wにステージを譲った。'99年の8耐で、岡田忠之/アレッシャンドロ・バロスが乗ったラッキーストライク・カラーのRVF/RC45は、有終の美を飾ったマシンである。
 
Tadayuki Okada
岡田 忠之(Tadayuki Okada)
 


1967年2月13日、茨城県水海道市に生まれる。16歳で中型自動二輪免許を取得し、18歳のときに地方選手権にデビューした岡田忠之は、デビュー年齢こそ決して若くなかったが、その後、‘86年(21歳)にジュニア・クラスに昇格し、'87年には同クラス2位、‘88年に国際A級250ccクラスへ昇格と順当な道を歩んでいった。そして、1989年からHondaのワークスマシン、NSR250に乗り始め、1989-1991年と3年連続全日本250ccチャンピオンに輝いたのち、'93年から念願の世界グランプリ250ccクラスにフル参戦を開始。同クラスではチャンピオンこそ取れなかったものの、‘94年にランキング2位に入っている。その後、1995年の鈴鹿8耐でアーロン・スライトと組んで8耐初優勝を遂げた岡田は、翌'96年から世界グランプリ500ccクラスにステップアップ。その年から同クラスに投入された2気筒のNSR500Vを駆って、いきなり開幕戦でポールポジションを獲得し、話題をさらった。'97年には4気筒のNSR500に乗って、チャンピオンのミック・ドゥーハンに次いでランキング2位という同クラスにおける日本人ライダー最高成績を収めた。その後は‘98年同クラス8位、'99年3位という成績に終わるが、シーズン中、何度も王者ドゥーハンを脅かし、その存在感をアピールした。2000年もNSR500に乗って世界グランプリで活躍中。‘99年の8耐ではアレッシャンドロ・バロスと組んでRVF/RC45を駆り、8耐2勝目を挙げている。決して派手な性格ではないが、粘りのある職人肌の走りは最高峰の場で高く評価されており、"タディ"というニックネームで皆に親しまれている。

Text by Yoko Togashi
INDEX BACK NEXT
このページの先頭へ
Copyright (c) Seevert Works 個人的に鑑賞する以外の転用はご遠慮ください