(1985) Honda RS250R-W


1985年に500cc、250ccクラスのダブル・タイトルを狙ったスペンサーが250ccクラスで走らせたのがNSR500のエンジンを縦にニ分割したような2気筒エンジンを持つRS250R-Wだった。ボア・ストロークは54×54.5mmとNSR500と同じで、シリンダー、ピストン、クランクシャフト等も共通だった。ハンドリング特性もNSR500に近いものとされ、一日に2クラスのレースに出場しなくてはならなかったスペンサーの負担を軽減していたと言われている。スペンサーは250ccクラスでも12戦中7勝を挙げ、見事ダブルタイトルを獲得した。
フレディ・スペンサー/Freddie Spencer
1961年12月20日、アメリカ、ルイジアナ州 シュリブポート生まれ。4歳の時からレースを始め、天才ライダーの呼称を欲しいままに活躍。一日に何レースにも出場し、優勝をさらっていくスペンサーの存在は、早くからアメリカ国内では有名だった。1981年からHondaと契約し、アメリカ国内でスーパーバイク選手権に出場し、さらにこの年の8月には英国シルバーストーン・サーキットで楕円ピストンを搭載する4ストロークGPマシンNR500を駆り、一時5位を走行した。1982年から2ストローク3気筒のNS500に乗って世界グランプリ500ccクラスにフル参戦を開始する。一年目の'82年は2勝を挙げ、ランキング3位。翌'83年にはケニー・ロバーツ(ヤマハ)とモーターサイクル・レース史上最高の戦いと語りつがれる死闘を繰り広げたのち、21歳で500cc世界チャンピオンを獲得。1984年はランキング4位に終ったが、'85年には500cc(NSR500)と250cc(RS250-W)でダブル・タイトルを獲得した。'88年に一度レースから引退を表明するが、その後復帰を果たした。鈴鹿8耐にも3回出場しており、'92年には4位に入っている。'99年の8耐にも出場が予定されていたが、予選中の負傷により惜しくも欠場した。
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いつか勝てる/Hondaが二輪の世界チャンピオンに復帰した日” 冨樫ヨーコ著/徳間書店刊行 *NR500からNS500まで、マシン開発者の苦悩と歓喜、HRCで通訳兼コ−ディネ−ター を勤める冨樫氏ならではの快著。 ISBN4-19-553785-1 1,550円 |