オーナーの方々だけでなく、すべてのHondaの人間の心を熱くしたクルマ。

シャシー開発/開発責任者代行 塚本亮司

S2000の開発では、欧州でのクルマの本格的な使われ方や、環境・風景の中でも、しっかりとその存在感と価値観を発揮することができるスポーツカーをめざしました。そのコンセプトにしたがい、リアルワールドでの目標設定を行っていきました。欧州の風景のなかで目にしたとき、どんなインパクトがあればいいのか。ステアリングを切ったときの応答性はどうするのか。アクセルを踏み込んだときの加速感は・・。すべてリアルワールドで、「人」の感じ方を基準に置いた設計目標値を設定していったのです。その目標値にもとづいて開発を重ね、実際にプロトタイプを欧州に送り込んで走り込み、まさに走りながらデザインと性能のつくり込みを行いました。

これは通常の開発では考えられないことで、研究所内のテストコースで行う開発の何倍もの時間をかけて、現場で確認をして仕様を決めていったのです。S2000の開発を通じて、「スポーツカーは、一朝一夕に出来ない。練り込めば練り込むほど、いいものになっていく」と痛感しました。
印象に残っているのは、まだ、初期のS2000プロトタイプとさまざまなライバル車で一団を組んで欧州を1日1,000km単位で走り込んだときのことです。S2000のプロトタイプは、まだつくり込みが十分でなく、コクピットの中はかなり騒々しい状態でした。しかし、操るのが楽しくて仕方なかった。交代の順番がきても、他のクルマに乗り換えるのが「残念」だった気持ちを今でも鮮明に覚えています。

オープンカーである前に、スポーツカーとして堂々としたパフォーマンスを持つこと。これが開発陣の「志」でした。その想いにもとづき、“リアルオープンスポーツ”というキーワードを掲げ、開発に取り組んだのです。

Hondaとして久しぶりのFR駆動車ということもあり、生産スタートまで造りの上でも苦労は絶えませんでしたが、それ以上に開発、製造、販売、といったすべてのHondaの人間にとって、モチベーションを上げることに貢献したクルマだったと思います。

正直こんなに長寿なモデルになるとは思っていませんでした。これは、世界中のHondaスポーツファンの熱意と、スポーツカーをつくり続けたいというHondaの「志」が結実した結果だと思います。
S2000のオーナーの方々とは、これまでいろんなところでお会いし、熱い想いや期待、不満など、さまざまなことを聞かせていただきました。この場を借りて、あらためてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
S2000の生産は終了しますが、これからも、S2000を末永く楽しく乗っていただけたらと思います。また、次を夢見て・・。応援、よろしくお願いします。

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