HONDA The Power of Dreams

―連戦連勝を続けている現在の心境は？
出来過ぎですね。本当に出来過ぎだと思います。すべていい方向に向いていますし、どちらかというと、他のマシンが予想以上に仕上がっていなかったなというのが率直な印象です。第10戦で初めて負けましたが、本来はあれぐらいの接戦となるだろうと。これほど連勝するとは思っていませんでした。ウチの仕上がりが早く、スタートダッシュに成功したというところです。

―その差は詰ってきていると？
ギャップは既に無い状態と考えています。今までは、他のマシンがどんなに頑張ってセッティングしても勝つのは難しいという状況だった様ですが、今はライダーの技量やセッティングによっては負けてしまう状況になってきている。マシンの音である程度はわかるんですよ。鈴鹿の時と比べて今はどのマシンもいい音しています。

―RC211Vはきわめてシンプル。なのに速い…
マシンは人間が使うものなので、突き詰めるとどんどんシンプルになっていくと思うんです。人が使う道具なので、人が極限状態で下す判断に呼応するものが複雑であるはずがない。付加デバイスや可変機構といったものは、そうしないと走れないからつける場合が多いわけで、基本特性で人間が使いやすい道具になっているのが理想だと思うんです。はじめから特別な機構ありきで開発するなんて考えられない。まずは理想を追い求めるでしょう。それを実行しただけです。

―5気筒の選択理由を、振動が少なく球体に近いコンパクトさと発表されましたが…
そういうことにしておいてください（笑）。いや、要は何気筒を選択しても速く走れると思います。究極を突き詰めれば。だから何気筒でもいいんですよ。ただ、結果的に見ると、現在のレギュレーションでは5気筒はいいパッケージだと思います。じゃあ、何でみんな5気筒にしなかったか。それは私にはわかりませんが、もし私が経営者だったら4気筒を選んだかもしれませんよ（笑）。

普通に投資に対する見返りを考えたとしたら、4気筒の方が経営的に健全です。性能はだいたい予測できますし、投資は少なくて済みますし、開発の工数も少ない。経営者としては、ごく真っ当な選択だと思います。

でもそれをやらせないで、自由に作らせるというのは、ある程度遊んでいる余裕があるというか、あぶく銭があるというか、でないと5気筒のマシンは作らないと思います。そういう遊び心が根底にあるところが強みなのかなと思います。

―現在はどういう開発を？
今の状況でRC211Vが進化を止めたとしても、今年タイトルを奪われる可能性は低いと思います。レースの勝ち負けは、五分五分ぐらいになるかもしれませんが。ライダーの要素も含めて。だから、今あせって開発をする必要はないという見方も出来るのかもしれません。

じゃあ、何のためにレースやっているんです？ということになる。そこで今我々が重視しているのは、結果ではなくて、技術者としてどれだけ努力ができましたか？というプロセスです。Hondaは研究所の人間を使ってレースをやり、勝つという結果を確かに求めています。しかしその裏にあるのは、勝つ確率を0.1％でも上げるチャレンジを120％の努力で実行したか？というプロセスの追求なんです。だって、別に新しいパーツが来なくてもレースは出来るし、負けたら急にバイクが売れなくなるわけではない。負けたから誰かクビになるわけでもないし、私の給料が半分になるわけでもない。大半の人は痛くも痒くもないわけですよ。

どうして何億も使って、山ほどの人員を使ってレースをやっているかというと、プロセスを求めているところが非常に大きいと思うんですね。目的意識を持ち続け、常に120％の力を発揮できる開発者が育成されるわけです。
私は自分なりにそう判断して取り組んでいます。強いRC211Vを、もっと乗りやすい戦闘力の高いマシンに仕上げる一方で、特にパーツの耐久信頼性の向上には力を入れ、休みなく開発を行っています。

―RC211Vに加藤選手が乗ったのは、来シーズンを視野に入れた検証ですか？
ある意味そうですね。RC211Vがアドバンテージを築けたひとつの理由に、開発チームが早い段階でマシンを仕上げてくれ、その後ロッシ選手と宇川選手それぞれのマシンの合わせ込みに4ヶ月という時間をかけられたことが挙げられます。もし、マシンが年明けの2月に仕上がり、合わせ込みに1ヶ月しか掛けられなかったら、開幕戦で勝てたかどうか分かりません。それほど、ライダーによってマシンの詰めは違ってくるのです。来年、マシンやエンジンをより多くのユーザーに供給するためには、加藤選手が乗って得られるデータは大変有効になります。

ただ、彼は速いですよ。そのうち勝つんじゃないかと楽しみにしています。その期待は実に大きいということも忘れないでください（笑）。
でもよく考えてみると、勝つことだけが目的だったら、ライダーを増やして体制を拡大する必要はありません。2人くらいに絞り込んで、スペシャルマシンを作った方が効率良く勝てます。ましてや、多くのユーザーにマシンやエンジンを供給することなど、「勝つ」という目的からしたら余計なことかもしれません。
しかしそれを実行することにも、Hondaがレースを行う意義があるということです。

―レース史上に残るほどの勝利への道を歩む今の心境は？
巡り合わせを感じますね。今、F1のシューマッハのごとくバレンティーノ・ロッシがいますし、彼がいなければ、ランキングでトップにいたとしても連戦連勝みたいなことはあり得なかったと思います。そして、NSR500時代から彼のライディングをよく知っているチームがそのままセッティングして彼を盛り立てているというのも巡り合わせだし、宇川選手をNSR250から見ているチームがそのまま移行しているのも巡り合わせでしょう。色々な遊び心を入れて、今までと違ったバイクを作ってきっちり性能が出たのも、それはそれで巡り合わせだと思います。

しかし、運も勝負のうち。レース史に残るなどの実感はありませんが、徹底的に勝ちたいですね。勝負事は最初につまずくとダメです。先手必勝。でも、今回私が強調した「プロセス」などの真面目さ、何が何でも勝つといった情熱の根底に、遊び心があるのがHonda。経営的判断と別なところで何かがある。まさに、レースをやるには最高の環境ですね。ロッシ選手もツインリンクもてぎでチャンピオンを決めたいと言っていますが、ぜひ10月6日のもてぎには来てください。歴史の目撃者になるために−。