宇川 徹選手は10歳になるからないかのミニバイクレースの時代からHondaに乗っていた。Hondaはレースで速い、だから乗る。理由は単純明快。16歳のときに初めてロードレースに出場。その2年後の1991年には国内Ａ級全日本チャンピオンとなり、翌年憧れのHondaワークス入りしたエリートライダー。250ccで2度の全日本チャンピオンに輝き、1996年WGPにステップアップ。1999年、現在のチームメイト、当時アプリリアに乗っていたバレンティーノ・ロッシと激しくタイトルを争った。新生MotoGPでは、圧倒的に強いRC211Vに乗り得意の南アフリカGPで1勝を挙げている。かつて僅差でタイトルを献上してしまったロッシと、今年は最強のコンビとしてWGPを闘う日本のエースが今の心境を語った。
「チームとしては完璧です。このRC211Vに追いつけるマシンは存在しません。ストレートもコーナーも圧倒的に速いですね。さすがHonda。独自のやり方でマシンをつくり、ここまで速いのだから他のチームは苦しいでしょう。しかし、全勝しているチームのなかで僕はまだ1勝しかしていない…」
親しみやすさにあふれる優しい風貌。ストイックあるいは傲慢な雰囲気は微塵もない。まるで他人事のように「客観的に見て、バレンティーノと腕の差がある」とインタビューでもあっさり言い放ってしまう。神妙な気持ちで聞いた相手を拍子抜けさせるほどの大きな声で。ファッションデザイナーの荒川眞一郎氏に「宇川オリジナルTシャツ」をデザインしてもらい、喜びの顔を浮かべたテレビ番組でも同じことを語っていた。
しかし宇川はこうも言う。「でもバレンティーノとの差は縮まっていて、残りのレースで思いきりチャレンジしていきたい」と。
「バレンティーノが10周でマシンをものにするとしたら、僕は20周でつかむ。走り込んで体で覚えて…というタイプです。時間はかかるかも知れないけど、速さには自信がある」
第5戦のイタリアGPで宇川選手は、326km/hの最高速をマーク。その数字は、コースレコードとしてムジェロに刻み込まれた。速くなっている。ロッシも、その差が縮まっているのを感じているようだ。
「宇川もチェカも本当に速かった。彼らの方が速いパートもあったし、自分の方が速い箇所もあった。そんな状態だったので、とにかくプッシュしていこうと思った。宇川の後ろにいたのでは、彼がミスをしない限り抜けないと思ったからね」と第６戦のカタルニアＧＰで語っている。
いずれにしろ、レースを闘うライダーが、相手の速さを認めることが悔しくないはずはない。ポーカーフェイスを決め込む宇川選手だが、おそらくは夜ひとりになったとき、悔しさを噛みしめているに違いない。逆を返せば、宇川選手は自らを追い詰めるためにロッシの速さを認める言葉を口にしているのかも知れない。
悔しさを抑えきれずに「今は、まったく満足していない。2位が多い？2位なんてまったく意味ありませんね」と、そんな言葉がこぼれることもある。たぶんそれが本音だろう。そんな彼の姿はHondaのイメージと重なる。決して諦めない。100％勝利を信じる心。挑み続ける情熱──。
「Hondaは常にチャレンジしている。それと、他と違うことをしたがる。あと、勝ちに対してどん欲です。それは、ワークスライダーとして全日本に出ていたときに痛いくらい感じた。負けたレースでしょっちゅう怒鳴られました。それはひどかったですよ（笑）。でも、悔しさのあらわれだと思います。テストも他のメーカーよりも多く、マシン開発に熱心なのもHonda。そういう姿勢は、僕自身の姿勢につながる。ワークス入りする前、圧倒的に強いHondaはある種抜きん出た存在で、言ってみれば天才的な存在というイメージもあった。でも入ってみると違う。とにかく地道な努力の積み重ねのチーム。これには僕も勇気づけられました。Hondaが勝っても当たり前という状況が続いているけど、憧れていたHondaのワークスチームで闘えるのでプレッシャーよりもよろこびの方が大きいですね」
宇川選手のレースを闘う上での信条は、「努力に勝る天才はなし。何でも本気でやればできる。滴る水は石をも通す」だ。日本人初のMotoGPクラスチャンピオンとなる夢に向って、彼は走り続ける。
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