HONDA The Power of Dreams

　今シーズンは、開幕戦に持ち込もうとしていたエンジンが間に合わずに、苦しい闘いで幕を開けました。もう、「悔しい」などという簡単な言葉では済まされない。まさに“胸が張り裂けそうになる”思い。もちろん、ご覧のみなさんもそういうお気持ちでしょう。しかし、悔しがっていても何も始まりません。あとは、今をどん底と考えて這い上がるのみです。

　私は現場を預かっていて、開発は研究所でやっている。研究所のみんなが頑張ってくれているのは、顔を合わさなくても伝わってきます。カナダに投入予定だったエンジンばかり話題にのぼっていますが、実はこれまでも予定を上回るスピードで進化したエンジンを研究所からレース毎に届けてもらっているんです。そんなこと、開発や製造の人たちが土日を返上しなければできっこない。休みなしです。連休もすべて。そんなエンジンがレース毎に届くわけですから。何とか彼らの努力に報いたいと。それがすべてですね。怒りとか、プレッシャーとか感じている暇などありません。常にチャレンジを続けているというのが本音です。

　ご存知かも知れませんが、私は突然F1のプロジェクトに配転された人間です。それまで17年間、HRCで2輪のレースをやっていて4輪の経験がない。学生時代、趣味でやっていたオートバイレースで楽しさを知り、世界のHondaで腕を試してみたいと思って入社。以来、念願かなって夢中でレースをやっていました。正直言うともっとやりたかった。それがいきなりF1ですよ（笑）。

　でも思い返すと、2輪時代も配転の連続でした。勝てない機種があると、そこに行けと。主なものは、WGPのNSR250やスーパーバイクのRVF750です。勝てない状況から、歯を食いしばってチャンピオンをとる経験を何度かしています。普通、チャンピオンをとると翌年は結構楽できるんですけど、その瞬間からまた勝てない機種に配属され続け、結局一度も楽はできていません（笑）。F1への突然の配転は、何とか這い上がってきた経験に目をつけられたと自分では理解しています。

　ただ、移ってみて、2輪だろうがF1であろうがタイヤの数が違うだけで、レースを闘っていく、そしていかに結果を残していくかというロジックは一緒なんだなと改めて感じています。“勝つ！”ことに対する考え方の部分はまったくイコール。17年間、私が2輪のレースで積み重ねてきたことが十分活かせると感じています。

　勝つために、その機種、その機種でいろいろなことをやるんですけど、私なりの哲学に近い考え方があります。それは、「勝てるマシンを作っている人たちも人間で、勝てない私達も人間だ」ということです。勝てるマシンを作っている人が「神」なわけではない。「あきらめずに努力すれば、必ず彼らには追いつけるんだ」という考えです。

　あきらめたり、手を抜いたりすると、レースの世界では非常に痛いしっぺ返しをされるので、絶えず努力し続けることです。トップチームが週2日休むのなら、私達は週1日の休みでやると。たとえばそういう風に、相手を凌駕する努力を続ける。そうすると、勝てるんですよ。

　「彼らは決して神ではない。そして私達は決して愚かな人間ではない」と思うようにしているんです。自分を信じて、仲間を信じてチャレンジを続ける。日本の仲間と一緒になって、やれることをやり続けるだけです。そうすれば必ず追いつけるし、これまでも追いついてきました。今のF1の現状もそうです。セカンドグループに入ってきて、これからトップチームを追いかけるわけですけど、彼らも決して神ではない。私たちも必ず追いつけると信じています。F1に携わっている全ての仲間たちがそういう思いで努力してくれていると肌で感じています。

　先ほど「怒っている暇はない」と言いましたが、逆に幸せな気持ちは常に感じています。全員が思いをひとつにして、伸びていく環境に身を置けるわけですから。瞬間瞬間で、背筋が震えるようなよろこびを感じます。到底無理と思えたテーマが、ひとつひとつ解決されていく瞬間…。しびれますよね。研究所から、毎レース新しいスペックのエンジンが届くたびに、私は胸が熱くなります。彼らの努力には本当に感謝しています。“やるぞ！”と、固く拳を握りしめ叫びたくなる思いです。胸いっぱいの情熱でつくり、レースに臨めば着実に結果に結びついていくでしょう。だから私は、Hondaがチャンピオンをとることに対する疑いを一切持っていないですね。