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F.C.C. TSR Honda

「鈴鹿8耐の勝利はならず、
だが戦いはまだ続く」

いつもリラックスした表情で笑顔も多い、パトリック・ジェイコブセンがF.C.C. TSR Hondaのピットの中でじっと前だけを見つめて座っていた。決勝の前日に1周だけの全力タイムアタックを各チーム2名のライダーで行い、スターティンググリッドを決めるトップ10トライアルが始まろうとしていた。

前日の公式予選では、第1ライダーのジェイコブセン、第2ライダーのドミニク・エガーター、第3ライダーの渡辺一馬が、それぞれ20分のセッションを2回ずつ走った。チームとしては、6回目の走行でエガーターが出した2分08秒403がベストタイムで全体6番手。トップチームは2分07秒を切り、Honda勢の最高位だったMuSASHi RT HARC-PRO.は2分07秒026とトップに迫るタイムを出していた。そんな中、7月4日(月)からの3日間と、7月13日(水)のメーカー合同テスト、14日(木)のタイヤメーカー合同テスト、そして8耐ウイークに入ってからのフリー走行と、F.C.C. TSR Hondaは2分8秒台を安定して記録していた。

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トップ10トライアルは予選10番手以内の下位のチームから順番に走るので、ジェイコブセンは5番目のスタート。マシンに乗りチームに見送られながらコースイン。ピットのモニターに映し出されたその走りは気迫にあふれるもので、コーナーをクリアしていくたびに、次に走るエガーターやスタッフが興奮した声を上げていた。記録したタイムは2分07秒248と、その時点でのトップタイム。続くエガーターも2分07秒台に入れ、決勝グリッドは4番手が決まり、Honda勢の最高位となった。ライダーのがんばりも大きいが、ここにきて突然2分07秒台に入ったのはなぜか。チームスタッフに問うと、これまでは決勝レースを想定した仕上げと走りに徹していて、新品タイヤを使用した本気のアタックはしておらず、予選ではトップ10に残ればいいという割りきったものだったと話してくれた。

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メーカー合同テストの際に藤井正和監督が「8耐って山登りに近いんです。コースレコードを作るとか、何秒出すとか二の次、三の次。やらないといけないことはいっぱいあるけれど、とにかく本番の決勝で一番いい状態にするために仕上げていけばいい」と言っていた。チームは藤井監督のこの考えを徹底して、マシンを仕上げていたのだ。

7月31日(日)決勝の朝、藤井監督は「昨日の走りはすごかったでしょ。シビレたね。今日はやるよ、勝ちに行くから」と自信に満ち、はっきりとした口調で語った。

決勝のスターティングライダーを担当するのはエガーター。カウントダウンからル・マン式スタートでマシンに駆け寄り第1コーナーへ。8時間後のゴールに向けたF.C.C. TSR Hondaのレースがスタートした。トップ争いをしながら1周目、2周目は2番手、3周目から3番手、トップグループの好位置につける順調な出だし。だが、7周目に入ったときにアクシデントが襲った。ピットスタッフの言葉にならないような驚きと溜息が混ざったような声の中、モニターに土煙の中で青いCBR1000RRを必死に起こそうとしているエガーターが映った。

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シケインでフロントからスリップダウン。それを知ったスタッフの動きは早かった。マシンの映像を見てピットインの準備、スペアパーツが入った箱を持ってきて、レーシングスタンドをピット中央に用意するとともに、タイヤウォーマーの準備などテキパキと行動。再始動できて走ってピットに帰ってこられる状態だったことが不幸中の幸い。土ぼこりで汚れたマシンに乗ってエガーターがピットに滑り込んだのは11時46分だった。

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ダメージの中心は車体の右側。破損したカウルを取り外したら、土と小石がボロボロ落ちてきた。無駄のない動きで修復を進め、藤井監督はじっとその作業を見つめていた。その間にトップは周回を重ねていく。ライダーをジェイコブセンにチェンジしてピットを後にしたのは12時04分。作業時間の約18分は、一分一秒を争うレースでは長く貴重な時間である。トップのマシンが9周を終えた時、ジェイコブセンは65番手。上位に入るのは厳しい状況となった。

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レース終了後のインタビューでエガーターは、「自分にとっても、チームにとっても本当に残念でした。いいチーム、いいマシンで、結果が出せるはずだったのに、本当に悪いことをしました」と転倒後の気持ちを話した。同じようにレース後、待機していた渡辺はそのときの状況を「とにかく修復にどれだけ時間がかかるのか、僕の出番はいつになるか、それしか考えていませんでした」と後から語った。

予定が大幅に狂いながらも、そこからのライダーは速く、着実に順位を上げながら走り続けた。1時間終了後には58番手。今年の8耐は天候がよく、路面は完全なドライだったが、転倒は多かった。F.C.C. TSR Hondaもその中の1チームになったが、その後は順調にピット作業、ライダー交代をよどみなく進め、周回遅れをパスしつつ、トップと遜色ないタイムで3人は周回しながら追い上げていった。半分の4時間経過で34番手。6時間経過で25番手。落胆せず、みんなが与えられた仕事をこなす様にプロフェッショナリズムを感じた。

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ジェイコブセン: 「ドミニクの転倒によって順位を大きく落とし厳しいレースになったけれど藤井監督はあきらめなかったんです。だから前に行けると信じてがんばって走りました」

8時間経っての最終結果は先頭から10周遅れの18位。表彰台には届かなかったが、驚くことに50台ほど追い抜いたことになる。

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藤井: 「すごかったね、最後の方の走りは。チームのみんながよく追い上げてくれました。転倒から再発進までのピットストップでかかった時間を考えると、何事もなければ事実トップと同一周回を走れた計算になるでしょ。それを考えると悔しい。でもなんとかFIM EWC(FIM世界耐久選手権)でのポイントを獲得してランキングトップとの差を詰めることができました」

チームはこの8耐が第3戦としてスケジュールに組み込まれているFIM EWC(世界耐久選手権)に参戦している。4月に行われたフランスのル・マン24時間耐久レースでは3位表彰台、6月のポルトガル・ポルティマオ12時間耐久レースでは9位。世界耐久選手権でタイトルを争っている中の鈴鹿8耐と考えると18位まで追い上げ、3ポイントを獲得したことは重要だ。これによってランキングは5位に上がった。チームの耐久レースはまだ続いている。

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藤井:「ポイントを取って首の皮一枚でつながりましたね。ランク首位とのポイント差が詰まった。今月後半にある最終戦のドイツ(オッシャースレーベン8時間耐久レース)へは、逆転してチャンピオンになるために行ってきます。この8耐のように俺たちは絶対にあきらめません。来年に向けてトップに追いつくようまたやりますよ。任せてください」

海外で戦う、24時間や12時間のレースに出て、8耐に対する価値観が変わったと藤井監督は合同テストで話していた。残念ながら鈴鹿では望んだ結果を残せなかったが、世界での経験を生かし、来年は世界耐久選手権シリーズの最終戦となる、この鈴鹿8耐の優勝を狙って挑むつもりだと不屈の心を見せた。


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