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MuSASHi RT HARC-PRO.

「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」

「8耐には魔物が棲んでいる」
よく耳にする言葉である。しかし、その魔物に襲われたチームはたまったものではない。今年、MuSASHi RT HARC-PRO.の関係者には、魔物の息遣いが感じられたかもしれない。

MuSASHi RT HARC-PRO.にとって、8耐のレースウイークまでの流れは平坦ではなかったものの、決して悪くはなかった。初めて3人のライダーが集まったレース2週間前の合同テストでは、天気に翻弄されつつも着実にセットアップを詰め、全体の5番手。Honda勢としてはトップタイムをマークした。多くのレース経験を持っているからこそ、限られた時間内ですべきことが分かっているのだろう。そのあたりは本田重樹監督の言葉からも感じられる。

「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」 「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」

本田: 「対ヤマハを考えたときに、ターゲットにしているタイムやレースの周回数などを踏まえ、試行錯誤しながらマシンを仕上げました。なんとか土俵に上がれるマシンを作れたな、という感触は得られました」

ライダーも限られた走行時間をうまく配分した。特に今季からチームに加入し、マシンやコースの経験も少ないニッキー・ヘイデンには、走行時間を多めに振り分けることで全体のバランスを取った。

高橋:「僕以外の2人が事前のテストを1回しかできなかったのが残念。本来はもう少し早い段階で3人の合わせ込みをしたかった。でも、ウイークに入ってから一気に3人のペースを上げられたし、決勝に向けての準備ができてきました」

「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」

チームワークも万全。2人の外国人ライダー、ヘイデンとマイケル・ファン・デル・マークも目指す目標は同じだった。

ファン・デル・マーク:「このチームに参加するのは自分の家に戻ってきたようでハッピー。スーパーバイク世界選手権のマシンと比べると、走りの印象はだいぶ違うけど、問題はないです。8耐で勝つためには速く走るだけではダメで、安定して周回することが重要。この強いチームと一緒に優勝できると思っています」

ヘイデン:「13年ぶりの鈴鹿はレイアウトが変わっていて違う印象を受けます。テストではコースに慣れ、マシンを仕上げるために仕事は多かったけど、まだ時間が足りない。でも僕はさまざまな困難に向かうのが大好き。そして勝利するためにここに来たからね」

ここまでのライダーやメカニック、スタッフたちによる血が滲むような努力は29日(金)の予選で結実した。高橋が2番手タイムとなる2分07秒026を叩き出したのだ。これにはピットも笑顔で包まれた。そして、翌日のTOP10トライアルへの出走も決定した。

「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」

30日(土)も朝から強い日差しがアスファルトを照らす。MuSASHi RT HARC-PRO.のピットでは、TOP10トライアルに向けての準備が進められていた。緊張した空気が張り詰める中、ピットにレーシングスーツで現れたのはファン・デル・マークと高橋。本田監督はこの2名にチームの決勝グリッドを託した。

2006年MotoGPチャンピオンのヘイデンは、走行時間が足りなかった。チームスタッフが「とにかくニッキーはどん欲。データはしっかり見るし、言うことはハッキリと主張する。さすがだなと思いました」と話すなど、相当の努力をしていたことが伺えるが、残念ながらあと一歩詰め切ることができなかった。

「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」 「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」

TOP10トライアルはファン・デル・マーク、高橋の順でアタック。この日のトップタイムは2分06秒258。最初にアタックしたファン・デル・マークは、タイムを詰めきれず2分07秒654。そして高橋もタイヤの特性に合わせられなかったため、目標としていた2分6秒台にはわずかに届かず、2分07秒394。総合5番手、Honda勢としては2番手で終わった。

もちろん予選タイムも重要だが、本当の勝負は日曜の決勝。8時間をうまくまとめて一番最初にチェッカーを受けることを目指し、夜遅くまで準備するスタッフの姿が見られた。

決勝日は、朝からウイーク中で一番高いのではないかという気温。8時30分からのフリー走行では1周ごとにピットインし、ライダー交代、タイヤ交換、給油の練習などが行われ、同時に新品タイヤをチェックし、慣らすための皮むきも実践された。そこでも本田監督は笑顔でスタッフに声をかけ、緊張をほぐしていた。

「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」

5番グリッドに並べられたMuSASHi RT HARC-PRO.のマシン。スタートライダーは高橋だ。予定時間の11時30分ちょうどに、恒例のル・マン式スタートによって熱い戦いの火蓋が切って落とされた。

1周目は9番手で戻ってきた高橋。スタートは決していいとは言えなかったが、それでも上位グループに食い下がり徐々にタイムアップ。ファステストラップを叩き出す見事な走りで、13周目には3番手まで順位を上げた。マシンの挙動は安定し、大きな問題はなさそうだ。

「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」

12時20分を過ぎたころからピット内のスタッフの動きが慌ただしくなる。ライダー交代の時間が迫ってきたのだ。マットを所定の位置に敷き、工具をそろえる。鈴鹿サーキット独特のホーン音とともにピットロードにマシンが入ってくると緊張はピークに。タイヤ交換、給油を済ませ、第2ライダーのファン・デル・マークがまたがり、マシンはコースへ。タイムロスもなく完ぺきな作業だった。

「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」 「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」

路面温度が高いこともあり、他車の転倒が増える中、ファン・デル・マークは1つ順位を上げ確実な走行でポジションをキープ。2013年から4年連続で8耐に出場し、2度の優勝を経験しているライダーの働きはさすがで、不安を感じさせない。順調に約1時間のスティントを終え、ピットロードへと滑りこんだ。

ピット前ではヘイデンがスタンバイ。場内放送でも大々的に紹介され、サーキット中の注目が集まる。そんな中でのピットストップでも、スタッフはパーフェクトな動きを披露。最小限の停止時間でヘイデンをコースへ送り出した。

「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」

本田:「いろいろと乗り越えてきたので、今のところは順調。これでライダーが一巡したから次の作戦を考えます。ヤマハに離されているけど、これ以上は離されないようにしたい」

しかし、トップが75周目に入った14時15分頃、8耐の魔物が牙を剥いた。

悲鳴のような場内放送とともにモニターへ映像が出る。映し出されたのは、二輪専用シケイン横にあるクラッシュパッド。マシンがはっきりと見えず、一瞬の間を置いて、止まっている#634が現れる。マシンに傷はなく、転倒はしていない。ヘイデンとオフィシャルがなんとか再始動を試みていたが、マシンは沈黙したままだ。次の瞬間、ヘイデンはマシンを押してピットへ向かい始める。

ピットは状況が分かるとすぐに受け入れ体制を整え、次のライダーである高橋がレーシングスーツ姿で現れる。結局、マシンは自力で戻ることを断念し、ヘイデンとともにトラックに乗せられてパドックへ戻ってきた。原因を突き止めるべく、ヘイデンを取り囲むスタッフ。マシンもピット奥に運ばれ、修復作業が始まる。殺到するメディア、そこから見えない位置で必死に作業に取り組む様子が、重大さを実感させる。ピットに集まった全員が固唾を呑んで見守り、重苦しい時間が流れる中、表に出てきたスタッフが無言で工具を片付け始めた。その瞬間、MuSASHi RT HARC-PRO.の8耐挑戦が終わった。ほどなくしてチームは正式にリタイア届けを提出する。

「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」

本田:「だいぶ早く終わった今年の8耐。試行錯誤してなんとか予選までにマシンを仕上げたけど、我々の中であの予選のタイムは本当に100%オーバーの力で達成したもの。ヤマハは恐らく90%、95%くらいの力でマージンがあったことは容易に想像できましたが、レースとなるとそんなことは言っていられません。最善を尽くしました。巧はスタートの出遅れをファステスト出しながら取り返して、次にバトンを渡してくれた。マイケルもそれを引き継いで順位を守った。我々の中でできることは精一杯やったんですが、結果として修復不能なマシントラブルに見舞われてしまった。残念だったけど仕方がない。これもレース。今回のことを踏まえて、来年に向けてHondaさんとも協力しながら、必ずリベンジすべくがんばりたいと思います。目標はもちろん優勝ですよ。ヤマハに3連覇はさせません」

「8耐の魔物に奪われたリベンジの炎」

高橋:「1回しか走れなかったので残念です。ライダー以外の問題(マシントラブル)でのリタイアは勝負しきった気分ではないですね。でも、転倒でなかったのはよかったです。マシンはウイークが進むにつれよくなっていきましたが、ちょっと足りない部分もあったと思う。ヤマハのスピードが速かったのは事実ですし。それでも走ってなんぼだと思う。ヤマハの連覇を止めることを目標にしてきていたので、相手にプレッシャーをかけられずに終わったのは残念です。来年は優勝できるように準備したいです」

レース後、他チームのピットからはゴールした喜びで明るい声が聞こえる中、MuSASHi RT HARC-PRO.も全員が集合。しかし、周りと対照的な雰囲気が支配し、全員がそれぞれの悔しさを感じていたことは間違いない。それを押し殺しながら、きちんと語ってくれた本田監督と高橋は、2人とも「来年は優勝」という目標を口にした。次回の17年、鈴鹿8耐は第40回を迎えることに加え、世界耐久選手権(FIM EWC)のシリーズ最終戦となって世界からの注目度も増す。その大会で2年越しのリベンジへ。ピットにいる全員の目は、ギラギラと燃えていた。

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