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全日本モトクロス2014 Team HRC現場レポート

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vol.17 メカニックの日常

メカニックの日常

2014年全日本モトクロス選手権では、成田亮選手が第8戦でIA1チャンピオンに確定し、前人未到のV10を達成しました。今回の現場レポートの語り手は、成田選手を支えてきた中川重憲氏。担当メカニックの日常についてうかがいました

●事前テスト

Team HRCでは、通常はレースの2週間前に開催地で事前テストを行います。ケースバイケースですが、HRC単独で借りきりだったり、他チームと合同だったり、基本的には占有走行で行っています。日程は水曜日から金曜日の3日間のうち2日間。前のレースが終わってすぐの水・木だと、ライダーの疲れが取れていない場合があるので、木・金の2日間が理想的です。

事前テストの目的は、コースに対するライダーの習熟度を上げること、そして前のレースのことをリセットして気持ちを切り換えること。さらに、ハード的には、前回のレースで浮き彫りとなった課題に対してセッティングを変更したり、対策したパーツを入れたりして確認をすることです。

事前テストの翌週は、HRC(埼玉県朝霞市)の通称モトクロピットという整備室で、レースに向けたマシンの準備に入ります。月曜日にテストから戻ってきたマシンを降ろして、まずは洗車と片付け。レースに出発するのが水曜か木曜になるので、それまでにマシンの分解整備などを行います。レースが終わってすぐ次の事前テストに出かけることもあるので、分解整備のタイミングは自ずと事前テストと次のレースの間になります。

エンジンに関しては毎レースすべてバラします。一般ユーザーの方はそこまでする必要はありませんが、ファクトリーは開発も担っていますので、必ず分解してパーツごとにチェックします。そして、寸法や時間による管理に基づき、必要に応じてパーツを交換します。

熊本や広島へ向かう際には、水曜日に積み込みを行います。トラックが出発すると木曜日が空くので、マシンがなくてもできる作業を進めます。たとえば、外装パーツにゼッケンやデカールを貼ったり、フォークガードにホールショットデバイスを取り付けたり…。メカニックによってはこの日を利用して、次戦のさらに次のレース用にエンジンの整備を進めておいて、あとでマシンが戻ってきてから載せ換えるというやり方をする人もいます。

私は1台のマシンをずっと通して使うので、あまり別の作業はしません。ただし、外装パーツの準備は、夏の段階で最終戦の分までできています。モトクロス・オブ・ネイションズの遠征もあるので、先行できることはやっておかないといけませんから。シートの準備も結構大変で、練習などで使って少しへたらせたスポンジに、新品の表皮をかぶせたものをレース用シートにする人もいます。成田選手は新品のスポンジを好むので、私にはシートを準備する苦労がありません。実は、成田選手がレースで使ったスポンジを富田選手に回したりすることもあるので、うまい具合に活用できていると言えるかもしれません。結構座っている時間が長いのか、成田選手が使ったシートはいい感じに慣らしが済んでいるんです。

●レースウイーク 金曜日

金曜日はレース開催地への移動日なので、午後のパドックオープンに間に合うように移動します。メカニックとチームスタッフは、新幹線や飛行機の同じ便に乗り、現地のレンタカー店舗に集合という流れです。コースに着いたら先乗りしているトラックと合流し、パドックを設営します。大屋根を立ててから、サイドのテントを張り、その脇にスタッフ用テントやゲスト用テントを設置。メインのトラック以外に4トン車も用意して、ボディーケア用スペースとして使っています。

大屋根の下の整備スペースには、石を退けてビニールシート、そしてマシンの下に絨毯を敷きます。テーブルや工具箱を並べて準備しますが、私の場合は金曜日に現地でやることは特にないので、工具箱を開けることはありません。現場でなにか作業をすると、不慣れな場所なのでミスをしがちです。だから、準備はすべて朝霞で済ませるようにしているのですが、金曜になにか新しいパーツを受け取るような場合は例外です。

だいたい13時から開始して15時には設営が終わり、その後はチームごとにミーティングを行います。ここで言うチームとは、ライダー単位のサポートスタッフの括りです。チーム成田は、成田選手、担当メカニックの私、監督、チーフメカ、サスペンションメーカーの技術者、タイヤメーカーの技術者、HGA-K(本田技術研究所二輪R&Dセンター 熊本分室)の技術者、そしてウイダーのトレーナーというメンバー。チーム小方、チーム富田、チーム田中も同じように集まり、個別に打ち合わせを行います。

ミーティングの内容は、事前テスト後の情報交換や体調管理など。セッティングは事前テストで決まっていますが、もしオプションがあるようなら、この席で話し合ったりします。FIセッティング、サスペンション、タイヤなどについて最終確認をして、土曜の公式練習に備えます。チーム成田の場合は、迷いがなく決まった仕様を持ち込んでいるので、ミーティングが長引くことはありません。ただし、天気予報によっては、事前テストで得た雨用セッティングを使うのかとか、雨用タイヤを用意するかなど、現場でのアジャストが必要になることもあります。

このようなミーティングを4人分行うとかなり時間を費やすので、金曜に2チーム、土曜日の朝に2チームというように分散させています。金曜のミーティングが終わるのは16時半ごろで、その後ライダーはコースの下見に出かけます。メカニックはやることがないので、降ろしたバイクを片付けたりしながらライダーを待ち、17時半ごろには撤収します。

土曜日は車検の1時間前に着くように現地へ。受付、車検、音量測定が終わるころにライダーズブリーフィングが始まり、それが終わってからチーム2人分のミーティングとなります。公式練習前には運行前点検、増し締めなどの最終チェックをします。朝霞で積み込む前に完了しているのですが、外装パーツを留めるボルトなどは、相手が樹脂なので時間が経つと反力がなくなって緩むことがあり、再確認が必要になるのです。何度でも見直すのも重要な仕事です。

●土曜日の公式練習と予選

公式練習には予備のタイヤを持っていきます。すべてムースを入れて、ホイールに組んであります。試すことは事前テストで済ませてあるので、基本的に迷いはありません。ただ、決めてかかっても当日のコンディション変化でずれるかもしれないので、決めたタイヤの隣りのパターンも用意します。わっさむなど、ミディアムで走り出して、練習途中でハードに換えるようなこともありました。ただ、成田選手の場合、ほとんどピットインしません。練習時間が20分しかないですし、とことん走り込みたいタイプなので、マシンに問題がなければずっと走っています。なにかあればピットインしてタイヤを換えたりセッティングを変えたりしますが、それは事前テストで済ませておくべきことなので……。

練習が終わったら、エンジン、サスペンション、タイヤなどについて、手短にコメントを聞きます。合っているか、これでいいのか、問題はなかったか……。もう少しこうしたいという要望があれば、次の走行機会で試します。それはすなわち予選レースになりますが、決勝ではないので、テストに利用しても差し支えありません。決勝に向けたテストの機会としては、土曜の公式練習、予選、日曜の公式練習と3回の走行があります。

土曜の公式練習では、サインボードの位置も確認します。何度も走っているコースでも、微妙に条件が異なったり、ほかのメカニックの出方によってはライダーから見やすい位置が変わってきたりするからです。一概には言えないのですが、たとえば菅生(スポーツランドSUGO)だったらピットエリアの前寄りがいいでしょう。川越(オフロードヴィレッジ)は1コーナーに合流するシケインでスピードが落ちるところですし、広島(世羅グリーンパーク弘楽園)では引かれた線から出ないようにサインを出していると、ほかのメカニックとかぶってしまうので、限りなくフィニッシュの着地辺りまで行くか、逆にラムソン寄りに移動します。熊本(HSR九州)は1コーナーのイン側の木の下。ただし、ここで出していると、ピットインしてきたときにダッシュするはめになります。藤沢は2コーナー手前のピットレーン出口が一番見えやすい。名阪は以前1コーナーのアウト側だったんですが、コーナリングしながらだと見にくいので、フィニッシュ後の小さいジャンプに正対するように、サインボードを両手で高く掲げていました。ええ、スタート30秒前のボードを出すお姉さんと同じ構えです。

練習走行後は洗車をして、水をかけてもエンジンがかかるかどうか確認。そこからクラッチにいきたいところですが、熱いので、クーラント確認、ガソリン補給、タイヤ交換、エアクリーナー交換などを終えてから、クラッチを開けて確認します。焼けていなければそのまま使用しますし、焼け具合や厚みを見て交換します。成田選手はあまりクラッチを多用しないタイプですが、晴れた日のハイスピードコースなどではものすごく使っています。ドライの広島などでは、細かい半クラッチでトラクションをコントロールしているようです。逆に、雨の日はクラッチを摩耗させないような走り方をしています。

予選レースは順当に行けばトップで通過します。パドックに戻ってきたら、整備に着手する前にコメントに耳を傾け、ライダーの意見に応じてマシンをセットアップする。これを淡々と繰り返すのが仕事です。ここで「大丈夫、なにも問題なし」と言われるのがベストで、そういうときは勝てるものです。成田選手は基本的には決めたセッティングのまま通すことが多く、あまり迷いはありません。ただし、路面変化への対応は考えます。雨が降る。マディが乾いてくる。荒れてくる。ブルが入る。撒水で濡れる。そういった要素を想定し、日曜の路面に合ったタイヤに交換します。

予選後は通常の整備に加えて、エンジンオイルとミッションオイルの交換、それからリアショックの交換を行います。フロントフォークはそのままですが、リアに関しては同仕様を2セット用意して交互に使うのです。土曜の公式練習と予選で使った物がAセットだとすると、日曜の公式練習と決勝ヒート1がBセット、そしてヒート2がまたAセットというローテーションになります。熱に弱いわけではないのですが、性能変化を少なくするため、慣習的に実施しています。

●日曜日の公式練習と決勝

日曜朝の公式練習では、10分過ぎごろに「マップ」というサインボードを出すことがあります。エンジンマップ1とマップ2のどっちがいいか確認せよ、という意味です。たとえば基本セッティングに対して、少し滑りを抑えた特性のものをマップ2に入れておくとか、必要に応じてそういう準備をすることがあるのですが、成田選手はあまり気にしない方です。走りに集中しすぎて、切り換えてみるのを忘れたということもありましたが、得てしてそういうときは乗れているので私も気にしません。

日曜の公式練習はレースの直前ですから、タイヤ選びが大きなテーマになります。なにもなければ決めたまま、なにか試したいことがあるなら、この時点で決断してヒート1に備えます。ヒート1では試せません。成田選手の場合、迷ったりハマったりすることはまずないし、イニシアチブを取ります。タイヤチョイスの傾向としては、人よりも一段ソフトを選ぶことが多い。同じタイヤを履くと、同じラインを走る電車になってしまうので、たとえばみんながミディアムだったら、成田選手はミディアムソフトを履きます。

とは言うものの、8月の菅生では両ヒートともにハード用タイヤでした。ハードで練習していて感触をつかんでいるから、本番でもハードで行くと言うのです。スタートで出ればあとはベストラインを通れるので、それもアリかと思います。突然ひらめきのようなタイヤチョイスをするときがありますが、乗れているときのリズムを崩したくないので、私は成田選手の決定に従うだけです。

決勝レースでは、サインを出すことも仕事になります。成田選手は自分でレースを組み立てられるライダーなので、たとえば「根性!」とか「気合!」などというメッセージではなく、必要なデータだけを伝えています。ポジション、タイム差、ラップタイム、後ろにだれがいるのか……それだけです。ただし、とにかく負けず嫌いですから、端から見ても熱くなりすぎることがあって、そんなときは「熱くなるな」と書くこともあります。

ヒート1終了後には上位入賞者のマシン保管があるので、まず20分はバイクに触れません。ひどいときには1時間近く待たされることもありますし、マディのために洗車が30分かかったりすると、ヒート2までに整備時間が30分しかないという場合もあります。雨の日はやることが増えるので、時間的にできなくなる作業もあります。そういう時は優先順位を付けてやります。たとえば、ガソリン、オイル、タイヤ、マッドグリップ……。通常であればリアショックも交換しますが、時間がなければそのままでヒート2に出ます。マディだったらスピードは出ていないし、ショックの温度もそれほど上昇していないからです。

ヒート2終了後は片付けに専念します。脇のテントでは金曜・土曜と同じように、ライダー別にスタッフが全員集まりミーティングが行われますが、私たちメカニックは片付けがあるので参加しません。ここで浮き彫りになったことが、次の事前テストでの課題となります。

すべてを撤収したトラックが朝霞に戻るのは、月曜日の午後。マシンを降ろして、火曜日にはヒート間の整備と同じ作業をして、次の事前テストに行きます。なにかネガがあった場合に検証しないといけないので、レースで走った仕様を変更せずにテストします。もちろん対策品があれば持っていって、常にアップデートしますし、ファクトリーマシンは毎レース進化を続けています。

昔、デイビッド・ベイリーやジャン・ミシェル・バイルのメカニックを務めたクリフ・ホワイトが、いつもレース場でなにもしないで新聞を読んでいたそうですが、それは演技かもしれませんね。自分のライダーに対しては準備万端だという安心感を与え、敵に対しては疑心暗鬼にさせるという高等戦術でしょうか。そんなに時間が余るはずはないので、きっと陰では抜かりなく準備を済ませていたんでしょうね。

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