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全日本モトクロス2013 TEAM HRC現場レポート

HRC
Vol.2 マシン分析

進化を続けるファクトリーマシン

第2戦まで終了した全日本モトクロス選手権において、TEAM HRCは成田亮がIA1ランキング1位(2勝)、小方誠が2位(1勝)で、最高峰クラスのトップを独占中。成田と小方が駆る2台のCRF450Rに加えて、今シーズンは4年ぶりにファクトリー仕様のCRF250Rを投入し、新加入の田中雅己に託しています。今回の現場レポートは、TEAM HRCのCRF450RとCRF250Rに焦点を当てて、ファクトリーマシンの開発責任者である横山泰広氏に、解説をしていただきました。

今シーズンのTEAM HRCは、CRF450Rが2台とCRF250Rが1台という、ファクトリーマシン3台体制で、両クラスにおけるタイトル獲得を目指しています。IA2のワークス活動は一時休んでいましたが、我々が追求しているマシンの戦闘力を実証するため、今季からファクトリー活動を再開しました。

まずはその田中車(#113 CRF250R)ですが、CRF450Rに似た車体からお分かりのように、同様のコンセプトで開発中のマシンです。具体的には、マスの集中化によって操縦性を向上させるために、ニューフレームとデュアルエキゾーストシステムを採用しています。

モトクロッサーとしてフレームに求められる特性は、排気量が変わってもそれほど違いはありませんが、昨シーズンのCRF450Rで高い評価を得たデザインを、CRF250Rに踏襲して新設計しています。メインフレームをくの字型に曲げ、ヘッドパイプとの接合位置を下げた形ですが、ねじれの中心が下がるので安定感が増します。Hondaは'97年モデルのCRで量産モトクロッサー初のアルミフレームを採用して以来、フレームのサイズ、断面形状、曲げ方、取り付け位置など、剛性バランスの最適化を常に追求してきました。昨年から今年にかけてのファクトリーマシンのフレームは、その進化の最新型というわけです。

デュアルエキゾーストについては、'06〜'09年モデルのCRF250Rで市販化された実績から、Hondaには十分なデータの蓄積がありました。そのノウハウが昨年の成田車(ファクトリーCRF450R)にフィードバックされ、今年の田中車(ファクトリーCRF250R)にも応用されています。デュアルエキゾーストを採用した背景には、年々厳しくなってきた音量規制への対応策という事情があることは確かです。2mMAX方式で行われる音量測定ですが、規制値が2012年の115dB/Aから、13年は112dB/Aに改められたので、パワーを上げつつノイズを下げる試みを続けています。ただし、デュアルエキゾーストが2mMAX対策として効果絶大だったというわけではなく、実際は随所に施した細かい技術の積み重ねによるものです。

近年のモトクロッサー開発のプライオリティとしては、まず動力性能の向上、車体剛性・ジオメトリ変更や軽量化などによる操縦性の向上、その次に音量対策という順番になりますが、排気系はそのすべてに関わっています。田中車のエンジンには、外観からは分かりませんが、さまざまなトライがされています。パワーよりも扱いやすさが求められるCRF450Rとは異なり、CRF250Rの場合はやはりパワーが重視されるので、エンジンの開発には特に力を注いでいます。

一方、2台のCRF450RにはCRF250Rとは異なるアプローチの排気系を試しています。デュアルエキゾーストという共通点はありますが、成田車(#1 CRF450R)にはシリンダーヘッドの右側から出した太くて短いヘッダーパイプ、小方車(#6 CRF450R)にはシリンダーヘッドの左側から出したヘッダーパイプを採用していますが、昨年型よりも管の長さを縮めてあります。パワーアップとノイズダウンを突き詰めると、エンジンの仕様を決める際に、排気系が占める割合が増えます。開発の過程でエキゾーストパイプの長さや太さをいろいろ試していくうちに、ボリュームを下げてみたのが成田仕様です。容量を確保しながら極力内側に追い込んだ結果、蛇行したレイアウトになりました。小方のヘッダーパイプは従来タイプの進化形ですが、左側から出して前方に回す部分が短縮されました。

エキゾーストパイプは一般的に、長ければ低回転域のトルクを出しやすく、太く短くすると排気効率を上げられるので高回転域でパワーを出しやすいといわれてきましたが、今年のファクトリーマシンは、その分、低回転域が犠牲になるかというとそうでもないのです。管の長さと管径のバランスを取れば、求める特性を引き出すことは可能です。

成田車のヘッダーパイプが短いのは、彼の乗り方に対応したわけではなく、新しい方向性として開発を進めたいという理由からです。この形状のままもっと下に振ることもできますし、短ければ外的要因によって破損する確率も減るはずです。成田車と小方車の仕様が違うのは、異なる方向性を試したいからです。もちろん開発の過程で2台が似てくることもありえますし、3台あれば3通りの仕様を試すかもしれません。450ccは世界的にも最高峰のカテゴリーなので、全日本のファクトリー活動では複数のトップライダーで開発の多様性に対応させたい。TEAM HRCのIA1クラスに成田と小方の2人とも必要なのは、そんな理由からなのです。成田は勝てるライダーであると同時に、マシンの変化に対する感度がよく、すばらしい開発能力も兼ね備えたライダーです。

今年のファクトリーマシン全車に共通なニューフィーチャーは、ご覧の通り、チタン製フューエルタンクの採用です。狙いは薄肉化による軽量化と容量アップのためです。量産の樹脂製タンクに似ていますが、形状も容量も異なっています。エンジンの動力性能を追求すると、ガソリンを多く使わなければならないこともあり、それに対応したのがこのチタン製タンクです。全日本モトクロスの会場では、容量アップはまず必要ありません。サンドコースの藤沢(藤沢スポーツランド)や、HOP(北海道オフロードパーク)でも大丈夫です。ところがワールドグランプリでは、ロンメル(ベルギー)、ファルケンスワールト(オランダ)、リーロップ(ベネルクス)辺りのディープサンドコースが難所で、35分プラス2周走ることを想定してガス欠にならないようにタンク容量を計算しているのです。もちろん燃費を改善する努力も必要ですが、モトクロッサーは競技車両なのでガソリンを大量に消費してでも、パワーを出すことが最優先になります。こうして成田や小方が全日本モトクロスで実証した部品や仕様が、やがてHonda World Motocross Teamに送られて、(イブジェニー)バブリシェフや(マキシミリアン)ナグルのマシンに採用されるというのが流れです。またAMAではファクトリーマシンが禁止されていますが、レギュレーションに則った範囲内での改造は認められており、Team Honda Muscle Milkに送られるスペックも、全日本モトクロスを通して開発されています。

最後にサスペンションですが、成田車と田中車にはSHOWA、小方車にはKYBというように両メーカーから協力をいただきながら開発を進めています。成田は熟成度の高いスプリング式フロントフォーク、田中はSFF AIR(セパレート・ファンクション・フロントフォーク・エア)を使用しています。タイヤは全車ダンロップになりましたが、これはたまたまダンロップユーザーが3人そろっただけで他意はありません。最近のモトクロッサーは、モデルチェンジしても劇的な変化がない……といわれます。例えば完成度が高いフレームなどは、進化のスピードが鈍化していることも事実です。しかし我々の使命は、ファクトリー活動によって模索しながら、モトクロッサーをもっと進化させることです。以前はライダーからの高い要求に対して、技術が追いかけていた。今は要求に技術が追いついてきたところですが、もちろんここで止まってはいけません。例えばペースやタイムが変わらないのは、マシンの性能進化、技術の進化が足りないと考えています。

我々は新しい技術を開発し、成田から一般ライダーに至るまで、もっと速く走れるようになって楽しんでいただきたい。Hondaのモトクロッサーは、世界中のお客さまにもっと喜んでいただけるよう、これからもファクトリー活動を通じて進化を続けてまいります。

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