VOl.47 山本が年間チャンピオンを獲得した最終戦を芹沢勝樹監督が解説

全日本モトクロス2017 Team HRC現場レポート

全日本モトクロス第9戦MFJ-GP(10月22日・菅生・スポーツランドSUGO)にて、山本鯨選手(#400・CRF450RW)がチャンピオンに輝き、Team HRCとしては2年連続でIA1クラスを制覇しました。国際格式で開催された今大会には、ジェレミー・マーティン選手(#6・CRF250RW・アメリカ・GEICO Honda)もスポット参戦し、IA2クラスで総合優勝(優勝/2位)を達成しました。今回の現場レポートでは、そんな最終戦について、Team HRCの芹沢勝樹監督に解説していただきます。

芹沢勝樹監督

まずは今シーズン、Team HRCをご支援くださいましたスポンサー各位とファンの皆さまに対し、感謝の意を表したいと思います。今回のタイトル獲得は、ライダーとHGA-K(本田技術研究所二輪R&Dセンター熊本分室)の開発メンバーを含めたチームスタッフのコラボレーションによって実現した、価値ある成果にほかなりません。本当にありがとうございました。

山本にとっては、IA1クラスでの初タイトルですが、11ポイント差で迎えた最終戦というのが、微妙なシチュエーションでした。同点あるいは僅少差であれば、勝つしかないと集中しやすいのですが、11点のアドバンテージを持って自力でタイトルを取るには、小方誠選手(カワサキ)が両ヒートで勝った場合でも、山本は3位/3位でよかった。それでもなにが起きるか予測できない面もあり、難しさがあったことも事実です。

基本的なコンセプトとしては、いつも通りに取り組むこと、最終戦だからといって特別なことはしないように心がけました。今シーズンやってきたことを踏襲して実行すれば、自ずと結果はついてくる。そういうことをスタッフにも徹底させました。

山本に対しては、3位/3位を合格ラインに設定するのではなくて、これまで通り勝ちに行こうと。もちろん成田に対しても同様です。アタマ(トップ)を目指してもらえばよかったし、タイトル獲得を助けるようなチームオーダーなどは皆無だということを、成田と山本にも伝えてありました。実績からすると山本が3位以下になることはないし、仮に小方選手が勝って成田が2位でも、山本が3位ならチャンピオン決定。そういう計算はできていました。

成田は第7戦名阪で負ったケガから回復してきていて、実は事前テストのときから乗れていたのです。それほどマディーではなかったものの、雨で滑りやすいコンディションで、トップタイムを出していました。今季最終戦の舞台が成田の地元である菅生ということもあって、150勝を達成してくれるのでは……という気持ちもありました。

IA2クラスにはジェレミー・マーティン(GEICO Honda)の出場というイベントがありましたが、運営的には別チーム。アメリカのスタッフとHGA-Kのエンジニア、今年AMAを担当していた芹沢直樹が取り仕切っていたので、全日本チームに影響はありませんでした。むしろトップアメリカンの来日ということで、明るい雰囲気をもたらしてくれましたし、士気も高まっていました。

レースウイークは秋雨前線に加えて、台風接近のニュースもあって雨模様でしたが、焦りはなかったし、むしろ雨は歓迎でした。今シーズンは開幕戦が雨で、両ヒートともHondaの1-2フィニッシュでしたし、第5戦藤沢で小方選手の連勝を止めたときも雨でした。Hondaのマシンが雨に強い実績があったし、山本も成田もマディーが得意というのもありました。

ただ、今回は雨量のせいなのか、コンディションの悪化が激しかったですね。土曜日は雨が降っていなかったので、全周にわたって重い泥でした。コース整備によってその泥が退けられたあと、日曜は雨がどんどん強くなったので、比較的硬めになった土がビシャビシャになり、水たまりやわだちができました。

さらに、コースがあそこまでショートカットされるとは、想定していませんでした。土曜から日曜にかけて、大坂とヨーロピアン手前のカットに始まり、その後スネーク後半をカット、KYBジャンプからフープスまでをカット……。段階的に何度も変更されたコースは、非常に短いものになりました。

  • Team HRC
  • 山本鯨
  • 芹沢勝樹監督
  • 山本鯨
  • 山本鯨

タイムスケジュールも変更されましたが、日曜朝に実施されたIA2の予選を見た段階で、これは結構タフな戦いになるだろうと思いました。短くてパッシングポイントが少ないので、スタートで前に出ないとたいへんそうでした。無理に抜きにかかるとスタックしたりするので、これは油断できない。マーティンがリードしても、転倒して予選トップになれなかったほどですから、AMAチャンピオンでもミスをばん回できないコース状況なのだと痛感しました。

マディーのレースでは普段以上にスタートが重要になりますが、特にマシンのセッティング面で対策などはしていません。ただしグリッド選びが肝になるので、アドバイザーの勝谷にしっかりと観察してもらいました。その結果、「今回はアウト側の方が地面がやや硬くて有利なのでは……」と。

それでも山本はイン側を選びました。彼の考え方として、ストレートではなくて1コーナーから2コーナーまでの流れを重視したチョイスです。1コーナーでインで突けば、2コーナーでアウトを回ってスピードを乗せられる。逆にアウト側のグリッドからスタートした場合、首尾よくまくって1コーナーでホールショットを取れたらいいのですが、出遅れたら2コーナーの混雑に巻き込まれるし、泥水を浴びやすい位置関係になります。イン側であれば、仮に出遅れてフタをされても水を浴びにくい利点もあるのです。

成田の場合、ヒート1に関してはアウト寄りを選んでいました。ちょっと出遅れて、中央付近に小方選手らがいたため、前に出られませんでした。そこでヒート2は、もっと中央のイン寄りに変更したのです。

IA1の決勝をヒート1から振り返りますと、山本はスタートで5番手ぐらいだったんですが、早めにポジションを上げて2周目にはトップの小方選手に次いで2番手につけました。そこからは理想的な展開でしたね。チームとしてはこのままでOKでした。どこかで仕掛けるにしても、そこに落とし穴があるといけないので「このままキープして欲しい……」と。

私はコースの奥に行ってラインをチェックしていたので、IA2のレースから見ていました。ステップアップを上がって右に曲がるショートカット部分。あそこは強烈に滑りやすかったですね。硬い上に泥が少し乗っていたので、そうは見えないのですが、進入してすぐのところで転倒が多発していました。その先でフープス出口と合流する部分では、ちょっと盛り上がった手前が掘れて水たまりもできていて、イン側のレールでスタックが発生していました。ベストラインはヒート1に関してはアウト側。コブを削って整備したヒート2では、イン側が速かったですね。

ヒート1の山本ですが、8周目にゴーグルのティアオフを使い果たしたことで、ペースダウンしました。ところがその翌周に小方選手が転倒し、3番手にいた成田が加わって三つ巴になりました。そこまでのペースもよかったので、成田に「ゴーゴー!」とサインを出すよう無線で指示しました。小方優勝/山本2位よりも小方2位/山本3位の方が、ポイント的にはありがたいので、成田にアタマを取って欲しかったのですが、何よりも150勝達成を願う気持ちの方が強かったような気がします。会場の雰囲気もそうでしたね。

ラスト2周で成田がスタックしたことで、小方選手に勝利を譲ってしまったかたちになりました。結果的に、2位が成田、3位が山本。成田は悔しがっていましたが、後ろから気持ちよく追い上げた結果だったので、ヒート2に向けてすぐに切り替え、コンセントレーションを高めました。

山本のポイントリードはこの段階で11点から6点となったわけですが、特に追い詰められているような雰囲気はありませんでした。ただ消極的な走りをしてほしくなかったので、リセットして次もいつも通り勝ちにいこうと伝えました。

  • 成田亮
  • 成田亮
  • 成田亮
  • ジェレミー・マーティン
  • ジェレミー・マーティン

そしていよいよ迎えたヒート2のスタートですが、1コーナーで山本が転ぶのを見て、天を仰ぎました。ところが気を取り直してよく見たら、小方選手も遅れていたので、「まだ勝機はある……」と。山本は1周目10番手、2周目7番手、3周目6番手、4周目4番手と脅威的なばん回を見せました。

速かったのはスネークからステップアップに向かう、ウェイブセクション。谷間に水たまりがあってだれもが失速していたのですが、山本はそこでスピードを乗せていました。追い上げの過程で小方選手も抜きましたし、前の方で成田が転倒したことで山本は3番手まで上がりました。

前には星野優位選手(KTM)、大塚豪太選手(T.E.SPORT)がいましたが、山本としては無理せずこのままでいいポジションです。後半になると成田と息を吹き返した小方選手に先行されました。終盤のオーダーは、星野、成田、大塚、小方、山本の順でした。そのままならチャンピオン決定なのですが、転倒やスタックの危険性はだれにでもあったので、最後まで無線でポイントを確認しながら見守りました。

私はレース後、丘の上から駆け下りてメカニックたちと合流したのですが、みんな「やったー!」と喜んでいるのに山本がいなかったのです。もしかしたらチェッカーを受けていないんじゃないかとか心配になって、電光掲示板で確認したりするうちに、マシンプールの方に行ってしまった本人が戻ってきて、ようやくみんながチャンピオンになったことを実感したというわけです。

個人的には監督就任にあたり、エンジニアとして3年間MXGP(モトクロス世界選手権)で得た経験を活かしたいと思っていました。具体的にはチームの組織力を高めることで、まずそれをやりたかった。GPチームでは役割が細分化されていて、物事を合理的に進められるところが優れていました。例えば1人のスタッフに負担が集中してミスをするよりは、負荷が全員に均等にかかるようにしてリスクを減らすことで全体的な能力を高める。そういう仕組みを全日本に適用したつもりです。例えば橋本メカニックは、去年まではエンジニアでしたが、今年は山本のレース担当メカとして抜擢し、経験豊富な中川メカニックにサポートしてもらいました。

もちろんタイトルは山本のものですが、マシン開発からパーツ供給やチーム運営に至るまで、多くの力が結集して獲得できたものだと思っています。世界チャンピオン決定戦も全日本チャンピオン決定戦も経験しましたが、達成感に差はありません。タイトルを目指してきた全員が喜びをかみしめているところです。

 
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