VOl.43 1カ月半のインターバルを有効利用
ライダー特性に合ったマシンアップデートで得た手応え

全日本モトクロス2017 Team HRC現場レポート

全日本モトクロス選手権第5戦(7月16日・岩手・藤沢スポーツランド)に、万全の体制で臨んだTeam HRC。IA1では山本鯨選手(#400・CRF450RW)が総合優勝(3位/優勝)、成田亮選手(#1・CRF450RW)が総合3位(2位/4位)となりました。またIA2クラスには、勝谷武史選手(#888・CRF250RW)が、今シーズン2度目のスポット参戦。ヒート1では優勝を果たしましたが、ヒート2では負傷リタイアとなりました。今回の現場レポートでは、Team HRCの平島将充チーフメカニックに第5戦を振り返っていただきます。

平島将充チーフメカニック

第4戦菅生を終えた時点で、ランキング首位の座を小方(誠)選手(カワサキ)に奪われてしまったので、Team HRCとしては巻き返し、首位奪回という位置付けの大会となりました。幸い前戦からのインターバルが1カ月半あったので、じっくりとテコ入れを行いました。まずはマシンの現状を見つめ直し、課題に対して修正を行う。そのために相当な回数のテストをこなして、ライダーに合わせ込む作業を行ってきました。

成田車に関しては、体力の消耗が激しい特性のマシンになっていたこともあり、後半にスタミナ不足を招くことが弱点として挙げられていました。一発タイムを出すには向いていたのですが、レースをトータルで考えたときに、アグレッシブな戦闘力を少し抑えてでも、終盤までペースを保てるようなマシンの方が好結果につながるものです。30分以上走り続けられる乗り心地の快適さと言いましょうか…。

具体的な対策としては、ギャップの吸収性を上げることに注力しました。特に進入ギャップをポイントに決めて、サスペンションを含めたフロント周りの車体剛性を見直したのです。吸収性がよくなれば、進入スピードもコーナリングスピードも上がり、結果として全体的に速くなる。一言で言えば、セッティングをソフト寄りに変更したことで、トータルスピードを上げました。

山本車の課題はパッシングにありました。前回の菅生でも顕著だったんですが、レース前半にプッシュしてもなかなか前にいる相手を抜けなくて、体力を消耗してペースが落ちる。後半になって盛り返してきても、時間切れで逃げられてしまう。そんな局面を打開するためには、自在なパッシングを可能にするダッシュ力が求められました。

もちろんライダーのテクニックもありますが、ハードウエア側でサポートできることとして、エンジン特性にアップデートを施しました。具体的には前に進ませる力を増やすことです。ただ、山本は繊細なスロットルワークを駆使するライダーなので、無駄なパワーはいらない。自分のイメージよりも先に回転数が上がってしまうような、乱暴なパワーはいらない。ということで今の使いやすさをキープしつつ、トルクフルな中低速によるトラクションの向上を図りました。

  • 山本鯨
  • 山本鯨(中央)
  • 山本鯨
  • 成田亮
  • 成田亮
  • 成田亮
  • 平島将充チーフメカニック

テストは藤沢に限定せず、いろいろなコースで行いました。事前テストをして藤沢に合わせても、レース日になれば路面状況が違ってきます。だから、テストで藤沢スペシャル仕様を作っても駄目なんです。マシン作りに関しては、コースタフネスが重要になりますので、サンドだけではなくハードパックの路面でも実施しました。

やはりマシン開発の方針としては、世界中どこのコースでも速いマシンを目指していますので、オールマイティな性能が求められます。例えばタイトルがかかった最終戦など、どうしても特化した性能が必要なシチュエーションであれば、ピンポイントでセッティングすることはできますが、通常は安定した性能を目指します。

広いコース、狭いコース、ハイスピードコースと、この1カ月半の間はあちこちへ行きました。成田も山本も相当な時間、性能確認と走り込みを重ねました。これだけテストができたのは、インターバルがあったからですが、こんなに日程が空いているのはどうかと思います。もっと間隔を詰めてもいいでしょうね。

今回は成田車のフロント周り、山本車のエンジンという課題が明らかになっていたので、その対応に集中しましたが、タイミング的になにもなくても、藤沢の前でマシンにアップデートを行うことになっていました。準備はしていましたし、まだ出していないものも多々あります。それは開発要件でありますし、ライダー要件とは別なのですが、全日本では開発と勝利の両方をバランスさせなければなりません。

藤沢は例年暑さとの戦いになるのですが、今年は土曜が快晴、日曜は午前中が曇りがちで、午後からは強い雨でマディになりました。ドライコンディションで行われたヒート1では、小方選手に逃げられましたね。Team HRCの敗因は、2人ともスタートを失敗したことです。成田はクラッチミートの瞬間にパワーをかけすぎて、少しくぐってしまった。山本はゲートを出た先でバランスを崩して出遅れました。こういう分析と反省は、通常であればヒート2への教訓になるのですが、今回はどしゃ降りで全く違ったコンディションになってしまいました。

雨が降ることは想定内でしたが、あそこまでとは思っていませんでした。対策としてはフロントフェンダーやハンドルグリップに、スポンジ製の雨用品を取り付けたりしたことでしょうか。マディ対策のセッティングとしては、山本車だけリアを少々下げて、フロントが沈みすぎないようにしました。エンジンに関しては、両車ともヒート1のセッティングを維持しました。

ヒート2では、2人ともスタートが決まって、成田と山本による1-2走行が続きました。後半になって平田(優)選手(ヤマハ)が接近してきたので、少々心配になりました。あとは最後に山本が成田を捕らえて、どこかで仕掛けるだろうと…。その際に2人そろって転倒ということだけは避けたい。そんなことを考えながらハラハラしていました。結果的にトップの成田が単独転倒して、山本が優勝というリザルトになりましたが、久々に1-2走行を見せてくれたこともあって、いいレースだったと思います。

走りを見た印象としては、テストでやってきた成果が出ていると感じました。成田も山本も本来のよさが出ていて、ライディングも進化していましたね。成田は進入が速くなってコーナリングスピードが上がり、あとは身体の動きがよくなりました。前回までは探りながら進入するようなところがあったんですが、吹っ切れて思いきり走れていたようです。

山本に関してはヒート1のライディングはさておき、予選とヒート2では前のライダーをよく観察しながらポイントを定めて抜くというレースができていました。課題だったパッシングのもたつきが解消され、行くべきところで行けていました。今回の山本のパッシングポイントは、裏の登り、5番ポスト、8番ポスト。周りのライダーを観察して、自分の得意なところと合わせて分析した結果です。気持ちの整理ができていて、迷いがありませんでした。

山本は成田の転倒でもらった優勝なので、複雑な気持ちかもしれませんが、自分でレースを組み立てて最後に仕掛けようとした矢先だったので、感触としては悪くないレースだったはずです。追い詰めたからこそ、成田の転倒を誘発したのかもしれません。

一方、我々エンジニアにとっては、成田の転倒をライダーのミスとして片付けることはできません。転んだということは原因があるからなので、もっと転倒しにくいマシンにするための検証をしなければなりません。今回はフロントがわだちから外れて転倒したのですが、考えられる原因をいくつか洗い出しているところです。

まだ特定できてはいませんが、一般論で言うと、コーナーで前輪がわだちを乗り越えてしまうのは、アンダーステアだったのか、サスペンションが硬くて跳ねたのか、もっとストロークすればわだちをうまくトレースできたのか…というようなことがあり得ます。

またわだちには両側に壁があって、グリップしすぎても左右に振られたり、向きが変わる要因になります。ですからタイヤは細めの方が悪影響は受けにくいものの、太めの方が接地面積を確保しやすいなど、さまざまな要素が複雑に絡み合っています。それらを分析して対策を講じ、マシンの基本性能を向上させることも我々の任務です。

  • 勝谷武史
  • 勝谷武史
  • 勝谷武史
  • 勝谷武史

今大会のIA2クラスでは、今季2度目となる勝谷のスポット出場が実現しました。新型マシンのプロトタイプを走らせて、ヒート1では優勝。ヒート2では飛び石が手に当たるアクシデントでリタイアしました。雨も降ってきていたし、ナックルガードを装着していればよかったと…。そこが悔やまれますね。

勝谷は表情が少し硬かったし、前回ほど気持ちに余裕がなかったかもしれません。成田や山本とラインの話をするときも、アドバイザーというよりもライダーになっていましたね。手を負傷しなければ、第3戦広島に続く完全優勝を達成できていたと思います。

IA1では今回の総合優勝によって、山本がポイントリーダーに返り咲きました。首位争いは小方選手と成田を交えた三つ巴で、接近戦という状況に変わりはありません。Team HRCとしては最終的に1-2を目指し、シーズン後半戦に臨みます。

 
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