全日本モトクロス選手権の第2戦(4月23日・川越・オフロードヴィレッジ)のヒート1で、山本鯨選手(#400・CRF450RW)が優勝、成田亮選手(#1・CRF450RW)が2位でチェッカーを受け、Team HRCによる1-2フィニッシュとなりました。またヒート2では、成田選手が4位に入る一方で、山本選手が1コーナーで転倒を喫してしまい、13位にとどまりました。明暗が分かれたレースの舞台裏では、なにが行われていたのか…。今回の現場レポートでは、Team HRCの平島将充チーフメカニックに第2戦を振り返っていただきます。
第2戦を終えたライダーの表情ですが、成田は難コンディションだったコースで大きく落とすことなく、やれることはやれたという感じ。山本の方はヒート1で優勝して乗れていただけに、ヒート2の転倒を悔しがっていました。不運なクラッシュということで、調子としては悪くありません。走りの内容も彼らしい、コーナリングスピードを活かした走りができていて、非常によかったと思っています。
オフロードヴィレッジはストップ&ゴーのレイアウトで、コンディション的には非常にトラクションをかけにくいコースです。路面を耕しても、ラインが掘れるとフラットでハード部分が出てくるし、ギャップにエッジが立ちます。マシンのセットアップは難しいですね。パワーがありすぎて扱いにくいとスピードにつながらないので、一般的なエンジンセッティングとしては少しマイルドというか、メローな方向にします。
山本はもともとそういう特性を好むので、あまり大きく動かしていません。対照的に成田の場合は、アグレッシブな走りに対応したマシンに微調整する必要があって、エンジンも足周りもマイルドな方向にアジャストしています。マシンセッティングだけではなく、ライダー側からも歩み寄って、コースに合わせた走りをします。
山本のクラッシュの詳細は、前車のブレーキングが自分のイメージよりも早くて、接触してしまった結果の転倒です。全身打撲というダメージを受けながらも、リタイアしないで完走を目指したのは本人の判断ですが、気持ちの強さを見せてもらえました。13位で得た8ポイントは、シーズンの最後で利いてくるはずです。
成田の方はヒート1でずっとトップを走っていながら、最後でミスをしての2位でした。コースアウトした際、ルールに則り安全な合流を心がけた結果、山本に先行を許してしまったのです。その点は冷静な判断でしたが、走り自体はよかったと思います。勝利に対する執着心も見せてくれました。ただヒート2では、成田本来の実力を出しきれていなかったかもしれません。その背景には、予選でのセットアップ不足もあって、それを決勝まで引きずってしまった面もありました。
成田は予選で珍しく転倒しましたが、あれはフープス手前の左コーナーでした。手前のジャンプからスロットルを開けて車速が乗っていたので、次の左コーナーの進入もハードなブレーキングをして、そこからまた思いきり開けてますので、攻めて滑った転倒でした。
一言で表現するなら、テストモードとレースモードのずれが原因だったのではないかと分析しています。どんなライダーでも、テストとレースでは走り方が違うものなんですが、成田の場合はその差が激しい。テストで100%を出しきっていないわけではなく、レースになると120%が出てしまうと言った方が正しいかもしれません。
レースでは勝利にこだわって気持ちで走るタイプですから、テストでは出なかった現象が本番で発生することがあります。いわゆる成田のレースモードの走りの研ぎすまされた部分で、なにが原因かというと本当に細密な部分のバランスというか、感性とマシンの動きのずれというか…。このぐらい攻めたらこんな動きをするだろうという予測を超えたとき、その先で発生するマシンの挙動が不安材料になったり、転倒の原因になったり…。それを補うセッティング変更や対策はもちろんしますが、現場での対応は限定されたものになります。
土曜から日曜にかけては、多少セッティングを変えましたが、日曜のヒート1とヒート2は通した方がいい。あまり動かすとライダーが混乱しますから、レースでは変えないようにしています。事前テストで決めたセッティングがまずあって、それで公式練習も予選も走っているわけですから、例え路面状況が変化して外れてきたとしても、いいところも悪いところも馴染んでいる。そこで悪いところをつぶそうとして、予測できない動きをされるよりは、悪いところを我慢しながら同じセッティングを押し通した方が安全な場合が多いからです。
ならばテストでもっとレースモードを試しておけば…と言われるかもしれませんが、やはり完全にシミュレートすることはできないんです。先ほど申し上げたように、テストで思いきり攻めたつもりでも、レースではそれ以上の走りになる。だから逆に言うと、我々の立場でその伸びしろを予測した上で、マシンをレースモード寄りにセットアップする必要があるのかもしれません。
私はチーフメカニックとしてハードの管理を担当し、データを開発陣と共有してマシン作りに反映させています。ですから、自分としてはマシンのロギングデータを通じてライダーを見ています。成田と山本は走りを観察するだけでも好対照なライダーですが、データを解析してみると違いがより浮き彫りになります。
山本は走りを見ていても、あまり音がしないスムーズなライディングですが、データから分かるのはスロットルワークが繊細で、トラクションを得ることに長けています。ブレーキングが早く、倒し込みも早く、開け始めも早い。ただガバッと開けるのではなく、繊細にジワジワと開けています。それでも、コーナリングスピードは高く維持する傾向ですね。車速を落としすぎると今度は開けなければならず、オンオフが雑になってしまうので、あまり加減速をしないのです。
成田のライディングは対照的で、アグレッシブです。しっかりブレーキングして、フロントを沈めた状態でターンをして、マシンを曲げたところでスロットルを全開にする。ガバッと開けると駆動輪が空転してしまいますから、それをボディアクションでカバーして、トラクションさせるのが成田の乗り方。全開にしてもウイリーさせず、スリップもさせず、身体の動きでリア荷重を調整し、パワーを地面に伝えています。クラッチも結構使いますね。
今回のデータからの収穫ですが、転倒しないライダーが転倒したので、そこから得た教訓でマシンを修正する作業はやっていかないといけません。成田車のセットアップの見直しなどは、次のレースまでに改善していきたいところです。山本に関しては接触による転倒なので修正ではありませんが、常に現状で満足しているわけではないので、性能のアップをさらに進めます。成田車に関しても同様です。
このように我々は、データからライダーの特徴をつかんで、それをセッティングや仕様につなげていきます。この辺りを多用して、「勝負するときはこの辺りだから、エンジンだったらこの部分の出力を上げよう」とか、車体だったら「この姿勢のときにこういう動きをさせたい」とか、そういう仕事をしています。
それが市販車の開発にもつながっていくのですが、量産の仕様に落とし込む際には、成田タイプや山本タイプなどというように特化したものではなく、成田が使う領域も山本が使う領域もカバーしつつ、だれが乗ってもオールマイティという仕様に集約されます。理想的な仕様というものは突き詰めると、何種類もあるものではありませんし、完成度が高い量産車というのは、だれが乗ってもどこのコースに行っても速いマシンです。
現状ではファクトリーマシンですから、成田車と山本車に違いはありますが、それはMXGP仕様とAMA仕様という、任務に沿ったものでもあるわけです。完全に同一ではありませんが、思想という点ではつながってくるので、全く別方向を向いているわけではないのです。