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| (佐野彰一×高木理恵) |
Hondaの創業者である本田宗一郎さんの下で働くことは、並大抵なことではなかったことが、佐野さんのお話を聞いて、よ〜くわかりました。たとえば、ほとんど休みなんかもなかったかのように思えるのですが、ホントのところ、どうなっていたのでしょうか?
――佐野さんが、F1参戦に向けてマシンを作っていたときって、休みなんかなかったのでは?
「そうですね、F1の組み立てもあって、私は日曜日にもずいぶん会社に行っていた。
そうしたら、驚いたことに、日曜日にも会社に来るんですよ、本田さんが」
――ウワ〜! 日曜日に出勤して、ゆっくり仕事に取り込めると思っていたら、来た〜!っという感じですね (笑)
「真赤なシャツを着て、『オイ、どうだ?』なんていいながら、入ってくる」
――赤いシャツとは、また派手な登場ですね!
「いや、これがまたゴルフ帰りでね……」
――ああ、イメージを裏切らない方。ステキすぎます!(笑)
「その姿を見て、この会社はスゴイ会社だなと思いましたよ」
――それはたとえば、どんなところですか?
「寝ないで仕事をして、何でも一日の勝負だったっていう話はしましたよね。
で、つい最近、他の自動車メーカーの年配の方にお会いしたときに、『Hondaはすごいよな、何でも一週間で決着つけちゃうんだから』と、いわれたんですよ。その方の会社では、何かの結論を出すのに一ヵ月はかかったというんですね」
――Hondaの「速さ」というのは、それとなく外部にも伝わっていたんですね。
「でも、本当は一週間なんていう時間はなくて、一日だったんですけどね(笑)」
――ああ、また気が遠くなりそう……。
「でもね、人使いが荒い本田さんですが、それがHondaの伝統にもなっているんですよ。いま当時を振り返ってみると、無駄な摩擦もなくて、仕事のしやすい環境だったと思います。それがまた、Hondaのいいところで、強さでした」
――日曜日にもゆっくりできず、本田さんの目からも逃げられなかったけど、でも、仕事がやりやすかった……。うーん、よっぽどモチベーションの高い人たちが集まっていたんでしょうね?
「われわれ(F1開発チーム)は、ブツ(部品)を作る人たちのパワーに、どんなに助けられたかわからない。いまの技術はシステム的なことが多いんですが、昔はもっとシンプルだった。だから、すべてのバランスがちょうどよかったんじゃないかな」
日曜日に真赤なシャツを着て登場したという本田宗一郎さん。会社のことが気になって、ついつい顔を出してしまうのが微笑ましい。
でも、佐野さんがおっしゃっていた『作る人たちのパワー』から、本田さんご自身も、エネルギーをもらっていたのかもしれません!
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