Honda F1 ルーツ紀行

マシンとその時代背景
(↓写真をクリックすると当時のレースシーンがご覧にになれます)
RA271 1964
RA271
Honda初のF1マシン。モノコックシャシーなど当時の最新技術を採り入れながらも、2輪で培ったノウハウを活かすべく、エンジンは横向きに搭載された。車体をエンジンの前で切断、細い鋼管のトラスでエンジンを囲い剛性を確保しながらエンジンで後輪を支えるという独創的なレイアウトも採用している。
入社4年目の佐野さんは、主にボディ設計を担当、F1マシン設計者としての経歴をスタートさせた。
1964
  ■世の中のできごと
・東海道新幹線東京-新大阪間が開業
・東京オリンピックが10月に開催
・羽田空港-浜松町間に東京モノレール開通

■Hondaのできごと
・1月、本田社長F1レースへの出場宣言
・8月のドイツGPに初出場し9位でゴール
・市販四輪車のS600、T500を販売開始
RA272 1965
RA272
Honda F1初のグランプリウイニングマシン。最終戦、メキシコGPで初勝利を飾った。RA272は前年型の改良版であり基本的なレイアウトは踏襲しながらも、エンジンのヘッド、カバー類の素材変更で軽量化を実現、サスペンションの改良でロードホールディングも向上させた。シーズン後半からは、さらに低重心化を実現させ、冷却性能も向上したRA272改に発展。
改良型モデルは設計室の先輩全員がレース現場に出ていたため、佐野さん自らが設計の指揮を取った。
1965
  ■世の中のできごと
・日本初のカーフェリーが東京湾で就航
・国鉄のみどりの窓口が開業
・空前のマイカーブームが全国で起こる

■Hondaのできごと
・スポーツモデル、S600クーペの販売開始
・Honda、年間売上高1000億円を突破
・メキシコGPで初優勝、年間通算6位
RA273 1966
RA273
1966年から実施された3リッター排気量規定に合わせて新設計されたマシン。2輪レーサーから発展した横置きエンジンの車体設計レイアウトは、ここで全く新しいV型12気筒縦置きエンジンというレイアウトに生まれ変わった。 レースエンジン初の90度V型12気筒エンジンを搭載したのも特徴。
3戦の参加で2戦をリタイアで終え、最上位はメキシコGPの4位という結果だった。
1966
  ■世の中のできごと
・日本の総人口が1億人を突破
・ザ・ビートルズが来日し、5日間滞在
・新宿駅に西口広場が完成する

■Hondaのできごと
・軽乗用車N360、31万3,000円の価格で発表
・2輪世界GPで史上初の5種目完全制覇
・S800、S800クーペ、P800の販売を開始
RA300 1967
RA300
名ドライバーのジョン・サーティースを迎えながらも、現場と本社との間にF1活動継続に対する考えに溝があり、新型車開発が大幅に遅れた。シーズンなかばまでは前年型RA273の改良版でしのいだ後、イタリアGPより起死回生のマシンRA300が投入された。 イギリスのローラ・カーズ社と協力し制作したこのマシンは、テストらしいテストもしないままイタリアGPに参戦、劇的な勝利を遂げている。
佐野さんは、ローラのエンジニアと協力し、このモデルの足周りを設計した。
1967
  ■世の中のできごと
・JCBが日本初の国際クレジットカードを発行
・テレビ受信契約数が2000万を突破
・自動車生産台数、西独を抜き世界第二位へ

■Hondaのできごと
・スーパーカブ生産累計500万台を突破
・N360販売開始3ヶ月で届出台数首位に
・三重県の鈴鹿製作所で四輪工場が稼動
RA301 1968
RA301
1968年シーズン、Hondaは前年の新型モデル開発投入の遅れによる成績不振を反省し、1年を通して一定の力を発揮できる確実な設計のマシンが必要であった。そこで設計が一新され、大幅な軽量化に成功したRA301が完成する。
65Kgの軽量化に成功し、450psオーバーを発するエンジンを搭載することで、勝ちうるポテンシャルを持ったマシンRA301が完成したが、最高位はフランスGPの2位に留まった。
1968
  ■世の中のできごと
・アポロ8号が有人月周回飛行を行う
・3桁の郵便番号制度が7月から導入される
・交通反則通告制が発足

■Hondaのできごと
・二輪車生産累計1000万台を達成
・軽自動車初のフルオートマチックを発表
・F1参戦活動をこのシーズンで一時休止
RA302  
RA302
F1史上まれに見る完全な自然空冷方式エンジンを搭載したRA302。前進したコクピット配置など当時としては実に前衛的なスタイリングも特徴であった。
佐野さんはこのシャーシを担当し、エンジンを上部の梁で吊るという独特の設計を始め、テレメータリングによる徹底した軽量化を実現させた。

デビュー戦となるフランスGPでは大事故を起こし、その後、鈴鹿で熟成テストが行なわれたが、オーバーヒートを解決できずにお蔵入りとなった。
 
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