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「最初のF1にまつわる公表されていないエピソードはありませんか。ホンダ五十年史を書く材料にしたいのですが」
研究所から、リタイヤして2年目の私に電話があった。
昔の写真や古い手帳を探し出して眺めているうちに、すっかり忘れていた三十年以上前の出来事が少しづつ蘇ってきた。
これまでに、いろいろな方々が、ホンダ最初のF1の技術的な面、レースの状況、ポリシーなどについて、様々な角度から書いておられるが、1966年以降F1から離れてしまった私は、それらを殆ど読んでいない。
そこで、出来るだけ人の知らないであろう、また公表されていないであろう私の身の回りに起きた話題を選んで、十編のエピソードを簡略に書いて送った。
エピソードを書いている最中に、たまたま高校の同窓会が開かれた。今こんな話を書いていると喋ったところ、「書き終わったら読ませろ」と、先輩に命令されてしまった。
読み終わった先輩のハガキに、「これは面白いから、一般の人にも分かりやすく書き直して、同窓会誌に投稿しなさい」、とあった。
読み直し書き直しを繰り返しているうちに、人間の記憶の面白い仕組みに驚かされた。
ふるさとの道を辿って、昔馴染みの自転車屋に来ると、隣の花屋の娘さんを思い出す。すると、斜向いのお菓子屋の奥さんが華やいだ笑顔で話しかけてくる。そんな具合に、遠い昔の出来事が、次から次へとベールをかなぐり捨てて名乗り出てくるのだ。
F1の開発を初めた頃、研究所に響きわたっていた本田宗一郎社長の甲高い音の混ざった大声。1965年5月から7月までの間、オランダ、モナコ、ベルギー、フランス、イギリスを、F1チームの一員として旅をした若いエンジニアが受けたカルチャー・ショックの数々。忘れ去れずに残った古い小さなケシ粒が芽を出し葉を広げて見せる。
高校の同窓会誌に原稿を送った後も、思い出は私の頭を揺さぶり、キーボードを叩き続けさせた。
三度目の挑戦をしているホンダのF1をテレビで見ながら、また、あなたのヨーロッパ旅行を思い出しながら、お読み頂ければ幸です。
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