1935年(昭和10年)2月16日、鹿児島県加世田市出身。
東京工業大学機械工学課程卒。
好きなクルマを作りたいという志で、自動車メーカーを志望するが、トヨタやマツダ、いすゞなどの完成した会社ではなく、“未完成だから”という理由でホンダを選び、1959年4月1日に入社。大ヒットのスーパーカブ誕生の1年後、Hondaがマン島に挑戦を開始するその年のことである。入社してレーサー設計室に所属、 ベンリーC92スポーツタイプのエンジンをマン島用に改造、125cc、250cc、とも勝利を納めた後、F1プロジェクトに参画。実験車のRA270、デビューマシンのRA271、メキシコで初勝利を飾ったRA272のエンジンとトランスミッションを担当する。
1965年前半をHondaF1チームの一員として、1.5リッターのRA271とともにヨーロッパで過ごし、7月に帰国してからは、入交昭一郎が設計した3リッター用のトランスミッションを開発。F1から離れた後は、N360、ライフなどを手掛ける。
1995年2月16日、Hondaを退社、社友となって現在に到る。
寡黙で温厚な人当たりに似合わず、反骨精神溢れるエンジニアである。