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丸野エンジニアの手記
シャトーブリアンとグレープフルーツ

 仕事が厳しく忙しければ忙しいほど、オナカのすく若いF1チームのメンバーにとって、食事は大きな楽しみであり、慰めでもあった。ただ、この頃のヨーロッパでは、日本食にありつけないのが、多くの日本人にとって、悩みの種だった。

 そのせいもあって、アムステルダムの整備基地から昼食を買いに行く私に、何時も難しい注文が出された。
 最初は、いろいろなサンドイッチの取合わせと、コーヒーやジュースを買って来た。しかし、ホテルのコンチネンタル・ブレクファストが、すぐ空になるオナカは満ち足りず、夕食が待ち遠しい結果になった。
 あれこれ様々な食べ物を試した揚げ句に落ち着いたのが、パサパサではあるが長い米粒のご飯を付けた中華料理に、支那茶を添えたテイクアウトだった。
 商売上手なチャイニーズ・レストランのオヤジさんとも、すっかり顔馴染みになった。「今日はこんなのがあるよ」とか、「これも旨いから食べてごらん」と、オマケにもらっているうちに、ザーサイを見つけてタダで沢山付けてもらった。
 これで我々の中華昼食が定着することになった。

 中華のテイクアウトに飽きると、気分転換に、近くの立ち食いとカウンターだけのランチ屋に行くこともあった。
 店の入口の屋台では、生のニシンの片身のシッポをつまみ上げて、勇ましく口に放り込しでいる。「どうだオマエも食べてみないか」と誘われたが、生臭そうなので辞退した。
 中に入ってスパゲティーを食べながら気になったのが、お皿にドンブリをひっくり返えしたような形に、生の挽き肉が盛ってあるやつ。タルタルステーキというらしいが、桜色の完全な生肉である。それをフォークで、何もかけずに平気で食べている。
 精が付くということだ。また、オナカをこわした時にも食べると良いという。
 オランダ人はいったい何を食べるとオナカをこわすのだろうか?

 アムステルダムからモナコへ行く途中のディジョンでは、エスカルゴがうまいぞと勧められた。しかし、梅雨時に石垣を這いずりまわる、あのカタツムリを食べてオナカをこわし、レースに負けては、研究所のみんなに申し訳ないと思って食べなかった。
 ところが、後年、何回かパリに出張しているうちに、エスカルゴがうまいのに気が付いた。しかもディジョンがエスカルゴの名産地だという。
 日曜日、ディジョン見物に行ったついでに、エスカルゴの専門店はないかと、散々、探したが見付からなかった。
 あきらめて、遅めの昼飯を食べて帰ろうと入った駅前のレストランのメニューに、エスカルゴを見付けた。
 これが、ただニンニクと塩コショーのバター焼きなのだが、何とウマカッタことか。
 殼の奥に残ったスープはもちろんのこと、エスカルゴが一つずつ置いてあった皿の凹みの底に溜まったエスカルゴの味がしみ込んだ少しのバターも、パンでキレイに拭き取って食べてしまった。大満足だった。
 F1の時にも、美味しいカタツムリをたっぷり食べればよかったと、悔しがってる私を、TGV(仏新幹線)は時速300kmでパリへ連れ戻した。

 モナコは我々にとって最初のレースだったので緊張していた。頭の中にはF1のことしかなかった。毎晩、どこで何を食べていたのか全然記憶に残っていない。
 ただ、そのころ東洋人は一人も見掛けなかったモナコの街で、醤油を発見したことだけは忘れられない。
 食料品店の大きなショーウィンドに並んだ色とりどりの食材の真ん中に、一本だけ突っ立っていた、封を切ってないキッコーマンの黒っぽい一升ビンが、強烈なナゾとして、今でも私の頭の中に突っ立っている。
 誰が、誰を料理する、いや何を料理するのに使ったのだろうか。

 ベルジャンGPの時の我々のホテルは、コースに近い道端にある、ひなびた建物だった。
  昔は馬小屋だったと言う別棟の食堂で、年期の入ったテーブルの上に毎晩でてきたのは、ホテルの主人夫妻が作ってくれるラムステーキだった。
 しかし、ラムというのは「子羊」だ。どこか物悲しい泣き声と、あの無邪気な顔が思い浮かんだ。何だか可愛そうで、ナイフもフォークも持ち上がらない。
 しかし、他に食べる物がないので、仕方なく口に入れると、これがどうして、牛肉より味があってうまい。しかも毎晩食べても飽きない。さすがにこのホテルの定番だけのことはある。それに、お代わり自由はうれしかった。
 それ以来、ヨーロッパやアメリカの不慣れなレストランでは、旨いかどうか分からないビーフステーキよりも、ラムステーキやラムチョップを注文するようになった。

 「可愛そう」で思い出したが、この“カワイソー”や“ウマソー”は、国や宗教によって随分違うようだ。
 私がロスアンジェルスにいた時、熊本工場に出張して帰って来たアメリカ人が、
「日本人は野蛮だ。馬を刺身にして“ウマソー”に食べている」
と言うから、 「アメリカ人は牛を、レアに焼いて食べるじゃないか。大同小異だよ」 と、切り返すと、
「いや、違う。牛は食料として飼育した動物だから焼いて食べてもいい。しかし、馬は、犬や猫と同様、人間のペットだから、殺して食べるのは“カワイソー”だ」
ときた。
 確かに、土地の広いアメリカでは、自分の家の裏に、馬をペットとして飼っている人が、ロスアンジェルスの郊外にも沢山いた。
 そういう人達は、我々が犬や猫を食べられないように、頬ずりして可愛がっている馬を、とても殺してなど食べられないのだろう。
 だけど、インドでは牛は食べない。中国や韓国では犬をカワイソーとも思わないでウマソーに食べる。アメリカではワニやザリガニまでウマソーに食べる。フランスでは上品ぶるどころか、カタツムリやカキやカエルまでガツガツ食べる。
 さすがのグローバル・スタンダードも、食文化に噛みついては勝ち目はないようだ。

 フランスの中央山岳地帯にあるクレルモンフェランには、ミシェラン・タイヤの工場もあるが、まわりは牛や羊の放牧が盛んで、牧歌的な土地柄だ。
 いつも旨いものをたらふく食べていそうな市長が、レース前夜の歓迎会で、
「オーヴェルニュ名産のブルーチーズをたっぷり食べていって下さい」
と大きなオナカを抱えて挨拶した。
 いろいろな種類のチーズを並べた大きなザルを持って、ギャルソンがまわって来たので、隣のメザース君に聞いた。
「どれが旨いの?」
「これは薄い塩味、これは滑らかな舌触り、これはコッテリしている」
しかし、味は、他人の舌先の言葉からはなかなか伝わってこない。しかたがない、
「これとこれとこれ」
と、指差すと、ギャルソンは厚さ5cmはあるチーズを三種類、7cmぐらいの三角に切って私の皿にのせる。
「いや、こんなには食べられないんだよ。もっと小さく切ってくれないか」
といっても後の祭り、ギャルソンは笑ってとりあわない。またいつもの失敗だ。フランスでは、チーズの一切れが日本の十倍だったのを忘れていた。
 ブルゴーニュ・ワインとピッタリで絶妙に旨いのだが、もう食べきれない。
 ああ、ミシェラン・タイヤの広告みたな市長のオナカを借りたくなった。

 イギリス料理に旨いものはないという人がいる。
 大戦中の飛行機の格納庫が残っていたシルバーストーンのレース場には、まだ、たいした建物も建っていなかった。恐らくみんなが昼食を食べられる充分なレストランもなかったのだろう。朝ホテルを出る時、コックがサンドイッチの入ったバスケットとリンゴジュースを持たせてくれた。
 プラクティスの準備も整って、レンガ造りのピットの裏の芝生でバスケットを開けてびっくり。
 ローストチキンのスライス、生ハムにレタス、キングサーモンのうす味スモーク、キウリに塩をまぶしただけのもの、それにロースト・ビーフなど、ホテル・キングス・アームズのクックが王様の腕にヨリをかけて作った、ゼイタクな具がいっぱい挟まったサンドイッチが詰まっている。
 みんなで奪い合うように食べて、さわやかな味のリンゴジュースを飲んだ。
 一息ついて、麦畑の上の青い空に浮かぶ白い雲を眺めていたら、イギリス人のピクニックの楽しさが、少しは味わえたような気がしてきた。

 オランダGPが終わって、一旦、日本に帰ることになった我々が、バックヤードいっぱいに部品箱を並べて、送り返す荷物を黙々と整理していた昼過ぎ、監督が、
「今夜は御苦労さん会をやろうよ」
と、提案してみんなを喜ばせた。
 夕方になつて、アムステルダムの住人メザース君が選んでくれたレストランへ出かけた。「費用はチーム持ちで、何をオーダーしてもよろしい。」
という監督の寛大なお言葉に、一同、意気込んでメニューに目を走らせた。
 私は肉料理の中で一番高価な、シャトーブリアンをメインにした。
 シャトーブリアンとシャトー・ブリアン「光輝く館」を勘違いしていた。オイシソーに焼けてツヤツヤと輝き、館のように堂々とした肉のカタマリに違いない。
 ところがシャトーブリアンは、人の名前だということを、ずっと後になってから知った。
 デザートはメニューの中にグレープフルーツ(葡萄状果物?)を見付けたので、勇気を出してとってみることにした。
 英語の本で「たわわに実を付けたグレープフルーツの木」などと読んだことはあったが、その木を見たことはなかった。
 ザクロの皮をむいたような形の果物かも知れない、と想像していた。

 外国を旅行していると、料理の味も形も分からないメニューでオーダーしなければならない。どんな料理がでてくるのか、不安と期待が行き交う内心を押し隠しながら冗談をいいあうのにも慣れてきた皆が、シャンパンで乾杯。
 前菜とスープが終わると、真っ白い皿の上に、大きめの蕎麦猪口(ソバチョコ)を伏せたぐらいの固まりで、鈍く光ってうまそうな香りの、正に「光輝く館」といったシャトーブリアンが、丸く削った小さなフライドポテト達を伴なって目の前に現れた。
 ナイフを入れると、ミディアムレアに焼けた肉の色が何とも美味しそうだ。口の中でトロケルように柔らかい。香ばしい味と香りが舌の付け根まで染みわたる。
 いやー、やっぱり今まで食べたビーフステーキの中では飛び抜けてうまい。小さく見えた固まりも案外量がある、と喜こんでいると、隣人が私の横腹をつついて、
「デザートは何を頼んだの?」
「グレープフルーツだよ」
「さっきから後ろのテーブルでボーイが悪戦苦闘してるけど、あれかい?」
 私も気になって、ちょっと振り向いて見た。
 高級レストランはボーイの教育が違う。夏みかんのようなものを、指では一切触れずに、ナイフとフォークだけで皮をむき、一袋ずつ袋を剥がして中身を取り出している。
「まだデザートの出番じゃないのに、時間がかかるから今からやってるのかな?だけど本当にあれがグレープフルーツかなあ。葡萄とは似ても似つかぬ形だけど」などと考えながらサラダを済ませた。
 すると、あの夏みかんの中身が、お皿に盛られて私の前に置かれた。
 ヤッパリこれがグレープフルーツというものなんだ。
 ボンタン味の夏みかんと言ったところだが、果汁もたっぷり、香りもさっぱりしていてシャトーブリアンの後にはピッタリだ。美味しい。
 今夜はボーイに大奮闘してもらったので、大枚のチップをテーブルに置き、チーム全員の会計を済ませて、爽やかな夜更けの街に出た。