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アムステルダムにベースを置いた理由の一つは、スズカ・サーキットを設計したフーゲンホルツ氏の手になるザンドフルト・サーキットが近くにあって、手軽にテストに行けることだった。
実際、羽田からアムステルダムに着いたその日のうちに予約を取って、3日後には日本から送られてきたF1をチェックするために、ザンドフルトで走らせた。1時間もかけずに行るサーキットに、日本から送られて来る部品を組み込んで、度々テストに通った。
北海に面した海岸の松林の中を走るザンドフルト・サーキットには、いろいろな動物が住んでいるらしい。
何周か走ってピットに帰ってきたバックナムが、コースの向こう側で、こんなに大きい蛇を踏んじゃったと、親指と人差し指をまるめて見せた。裏のほうには野ブタもいるから気を付けたほうが良いよとギンサーに忠告して、片目をつぶった。
夕方になって、そろそろ終りにしようといってるときに、ギンサーがラジエーターとフロントサスペンションに羽毛をくっつけて帰ってきた。コースを横切った鴨の群れを避けきれなかったという。
ひっきりなしに車が走るレースの時とちがって、たまにしか車の来ないテストの日には動物達も気が緩んでいたのだろう。
ザンドフルトのサーキットは、そんなノンビリしたオランダのひなびた海岸にあった。
このコースはもちろん、我々専用ではないから、他のチームのテストにぶつかることもある。そんな時には、テスト見物をしながら、コースが空くのを待つしかない。
息子が乗るF2(1000 cc 4気筒)を、車の修理屋らしい夫婦と友人が、油まみれになってチューニングしては走らせ、テスト品を組み替えては走らせている微笑ましいチームにも出会った。
来週、インターナショナルレースがあるから準備しているのだと言う。
「インターナショナルレースって、どんな国の人達が集まるの?」
「ベルギーと、ドイツの連中が少し」
日本人がインターナショナルレースと聞くと、アメリカやヨーロッパやアジアなど世界中から海を渡って人が集まってくるような感じを受ける。
ヨーロッパの人達は、隣の人が国境を跨いで来れば、そのレースはインターナショナルレースというようだ。
ごもっともだが、インターナショナルという言葉から受ける語感が、我々とは随分違うような気がした。
F2のもう一つ下のクラスのFVもいた。フォーミュラーVはフォルクスワーゲン・ビートルからボディを外した床だけの裸のシャーシーに、エンジンとシートを一つだけ着けた、世界中で最も安上がりなフォーミュラーカーだ。これに思いきり派手な色を塗って、楽しんで走っている高校生のグループもいた。
ヨーロッパでは、この辺からモータースポーツが始まるのかと羨ましく思った。
コースの入口近くには、広いコンクリート舗装の上に、水を薄く張って滑り易くしたスキッドパッドがある。ドリフトやスピンを体験させて、ドライビング・テクニックを教えてくれるスクールなのだ。ここはモータースポーツを楽しむのに、この上ない環境だ。
そんな光景を、メインスタンドに座ってのんびり眺めて時間を潰している人達もいる。やっぱりヨーロッパは豊かで余裕があるなあと、まだ貧しかった60年代の忙しい日本を思い出していた。
そのメインスタンドの裏は遠浅の広い砂浜だ。アムステルダムから20kmしか離れていないポピュラーな海水浴場ということだが、5月中旬に初めて来たときには、さすがに北海に面したこのビーチに人影を見ることはなかった。
7月10日のイギリスGPが終わって帰ってきてみると、オランダもすっかり夏になっていた。
アムステルダムの王宮前のダム広場では、話には聞いていたが、初めてお目にかかるアメリカ人のヒッピー達が、上半身裸でギターを弾いていた。
その側で学生たちが「一日5ドルでヨーロッパを旅する方法」という本を片手に、どこに泊まって何を食べるか、研究しあっていた。
ホテル・ボルグマンの窓下に見えるフォンデル公園では、恋人達が夜どおし、さまよい歩いている。眠りを妨げられて怒ったのか、午前3時にもなると、今度は北国の鳥たちが大声ではしゃぎだし、こちらは眠っていられない。
眠気をふり払ってテストに出掛けたザンドフォルトの砂浜にも夏が来ていた。
色とりどりのキャンバスで、がっちり風避けを付けたビーチ・チェアーやビーチ・ソファーが、太陽に向かってぎっしり並んでいる。その中では、水着姿の男女が、本を読んだり、お喋りをしたりしながら日光浴を楽しんでいる。
水着を着ていても、海で泳ぐわけではない。せいぜい子供たちが波打ち際をピチャピチャ走り回っているだけだ。
ここは本当に海水浴場なのだろうか。
その後私が住んでいたアメリカにも、人は泳がないがピクニックには行く冷たい砂浜もあれば、沢山の河童どもが泳ぎ戯れて、レスキュー隊が寸時も目を離さず監視している、りっぱな海水浴場も沢山あった。
これらの砂浜は、海岸、湖岸、川岸を問わず、又、泳げる泳げないを問わず、全て「ビーチ」と呼ばれていた。サンタモニカ・ビーチとかデイトナ・ビーチのように。
だからそのビーチが泳げるか泳げないかは、そこに行って見ないと分からない。
その点、日本の海水浴場という言葉は、「海水に浴する場所」と、具体的で分かりやすい。
ところで、オランダ人はザンドフルトのこの砂浜を、オランダ語で何と呼んでいたのだろうか。それを「海水浴場」と訳したのは、我々日本人の早合点だったのだろうか。
それから30年後の1995年、ザンドフルトからドーバー海峡を右手に見て、南に400km(仙台から小田原)ぐらいしか下がらないフランス・ノルマンディーのツルーヴィルを訪れる機会があった。
そこの駐車場から広い砂浜の海岸へ出る所に、
「水着ヲ着ケナイデ泳イデハイケマセン」
という、分かりやすいマンガつきのツルーヴィル市が作った看板が立っていた。
ザンドフルトでは水着を着ていても泳がないのに、たった 400kmしか南に下らないツルーヴィルでは、暑くて水着も着ちゃいられない。そんなに水温の差があるのだろうか。
もしかして30年間の地球温暖化で、最近はザンドフルトでも泳いでいるのだろうか。
それともこれは、オランダ人とフランス人の情熱の温度差なのだろうか。
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