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ベルギー・グランプリが行われるフランコルシャンに着いた翌日、6月の朝の清々しさに誘われて、オテル・ド・ブルイエールの窓を大きく開け放した。
朝日に輝くプラタナスの若葉の下を、フォークをかついだオジイチャンと、空っぽのポリ容器をもった子供が歩いてくる。家畜に餌をやりに行ったのだろう。
あれがブルイエール(ヒース)の花だろうか、芝桜のような白い花で覆われた土手の上には万国旗がはためき、その下には緑の芝生が広がっている。レースを見にきた人達のオート・キャンプ場だ。
キャンピング・カーに繋げたテントや、平らな板屋根の付いた色とりどりのテントが、車とペアで並んでいる。
買い物に行って来たのか、テントに食料を運び込んでいる夫婦が見える。椅子を並べて食卓にテーブル・クロスを掛けている。火を起こして朝食の用意をしているグループもいる。
キャンピング・カーって、こういうふうに使い、バカンスのキャンプはこんな具合にやるものなんだ。我々が穂高に登るために、重いザックを担ぎ上げて、唐沢で張っていたテントとは、まるで違う、都会的なテント村だ。
そんなことに、感心したり羨ましがったりしていると、ガレージにお客さんが来たという。駆け降りて行ってみると、
「BPの者だが、ガソリンはどれに入れるのかな?」
あんまりオナカが大きいのでベルトでは滑り落ちるのだろう、幅広いサスペンダーでズボンを吊り上げた赤ら顔のオジサンが突っ立っている。青いシャツに赤い蝶ネクタイのユニフォム姿だ。
思いがけない来客に戸惑いながら、ガレージの奥に見つけたドラムカンを転がして来て、「これに入れて下さい」
というと、オジサンは道路の方に引き返して、派手な色のタンクローリーを乗り入れて来た。
内側に、羊の革を裏返しに弛ませて張った大きな漏斗をドラムカンに差し込んで、得意そうにガソリンを入れだした。
羊の皮はガソリンを通すのかと気になったが、面積が広いのと毛穴は小さいが密なのだろう、案外ジャカジャカと入っていく。
「これで、キャブレターやインジェクションにゴミが詰まることはないよ」
と、オジサンはサスペンダーに親指を突っ込んで、胸を張ってみせた。
FIのメカニック達の工具も、一つ一つなかなか凝っていて感心させられたが、このオジサンも、自分の仕事に様々な工夫を凝らして、誇り高く働くヨーロッパの職人気質を見せてくれた一人だった。
実をいうと、私がホンダに入ったのも、工夫するのが好きだったからだ。
工夫が実った時の喜びは何物にも代えられない。それに、工夫を凝らして問題を解決すればパテントが取れるのだから、エンジニアは幸せだ。
卒業前の会社見学会で、ホンダの和光工場を見たのが決定的だった。
それまでに見た工場では、高価だった旋盤やフライス盤などの工作機械は、その会社の財産として、ピカピカに磨き上げて整然と並べてあった。
「我が社には旋盤が何十台、フライス盤が何十台あります」というのが、その頃の会社の大きさを示す尺度だったからだ。
ところが、ホンダの工場に一歩足を踏み入れて、目の前に並んだ旋盤を見てショックを受けた。高価な旋盤が、ベッドの上はみんな惜し気もなく改造されていたのだ。
クランクシャフトを加工する旋盤は、曲がったクランクシャフトを確実に支持して加工しやすいように。カムシャフトを加工する旋盤は偏心したカムを削り易いように、見事に改造してある。
しかも、それらのジグは、加工する部品に応じて、短時間で取り替えられるように工夫してあると言う。
「この会社は工夫する心を大事にしている。しかもそれを大胆に実行している。この会社でなら工夫のし甲斐がありそうだ。未だ二輪しか造ってないけど、そのうちに四輪もやるに違いない」と、誰にも相談しないで入社を決めてしまった。人をぶんなぐる本田宗一郎という社長がいるなんて夢にも思わないで。
そもそも私は、創立2年目で、卒業生も出ていない高校に、「外国人が外国語を教えて、国際的な人間を育てる」という謳い文句に魅せられて飛び込んでしまった前歴がある。生まれつき向う見ずだったのかも知れない。
さて、今日はプラクティスの初日。朝食を済ませて、レース場のパドックまで200mぐらいの公道を、皆でF1を押して出かけた。
もうすでにフェラーリやロータスのチームが到着していて、なんと、F1をワックスで磨いている。
「F1は速けりゃそれで良いのだ」と思っていた我々ホンダチームは、車体の汚れは布切れで拭き取るだけで、ワックスまでかけて磨いてはいなかった。ワックスの1グラム分も重くはしたくないという思いが、心のどこかに引っ掛かっていたのだ。
手で使う道具に工夫を重ね、手塩に掛けて進化した機械にまで育て上げてきたヨーロッパ人と、出来上がった機械を、そのまま使っている日本人とでは、機械に対する親しみに大きな差があるようだ。
自分たちのF1が、ただ速いだけじゃなく、出来るだけ美しくも見せたいというヨーロッパのメカニック達の、F1に対する慈しみが、ワックスをかけている指先と、その眼差しに込められているようにも見えた。
F1もレース場を突っ走るだけの単なるマシーン(機械)ではなく、我々が日頃、ていねいに磨いて大事に乗っている、人生の伴侶としての「車」と同じ仲間なんだと、教えられたような気がした。
プラクティスが終わった夕方、早速スパーの街まで行ってワックスを買い求めてきた。翌朝からは我々も、整備の仕残しがないかと考えることを口実に、愛情をもって、F1をワックスで磨くことにした。
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