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丸野エンジニアの手記
社長がお呼びです

 オヤジさんが研究所に出社して、必ず立ち寄る関心の高い場所がいくつかあった。
 その中に社長室は含まれていない。

 オヤジさんにとって社長室は、上着を作業衣に着がえるだけの部屋で、椅子に座って書類を読んでいるなんて、見たこともなかった。

 気が急いていると、作業衣も着ないで現場へ直行する。部品をいじって油まみれになった手を、無意識に袖で拭こうとするから、そばの所員が慌てて布切れを差し出すことになる。スーツの袖が油で汚れないように、作業衣の上着だけは必ず着てもらうようにしていたのだ。

 本田技研工業は、社印を預かっている藤沢副社長が本社で采配を振るい、研究所は所長が管理しているので、社長であるオヤジさんは研究所で好きなことをやっていれば良かった。

 オヤジさんはバイクや車のスタイリングに大変な情熱を持っていたから、先ずは二階のデザイン室に飛び込んで行く。デザイナー達と火花を散らして意見を戦わせ、勢い余って出来上がった粘土モデルをザックリ削ったりする。なかなか降りてこないから、設計の我々は一息つけることになる。

 しかし、油断はできない。オヤジさんは設計室を通らずに、今日はどんな部品が出来て来たかなと、胸を躍らせながら検査室に行ったかもしれないからだ。
設計者が描いた図面は、研究所の試作部門や外部の工場で部品に加工され、検査室の棚に並べられて、図面通りに出来てきたか否か、チェックを待っている。

 ところが、オヤジさんは逆に、出来た部品を手にとってつくづく眺め、組み付けて動かしてみたりする。変な図面を描いていないか、チェックするのだ。これはチョットおかしいなと、オヤジさんのカンにひっかかると、
「設計したヤツを呼べ!」
ということになり、検査係から
「オヤジさんが呼んでますよ」
オヤジさんが電話の近くにいると、
「社長がお呼びです」
という電話が設計にかかってくる。

係長や課長が呼ばれるのではない。実際に図面を描いた担当者が呼ばれて、現物を目の前に、詰問されるのだ。社長に、である。

 私がこの電話を初めて受けたのは、入社して半年ぐらいのころだった。

 検査室に行ってみると、オヤジさんは私が設計したホンダで初めて造る小型ハイドローリック・バルブ・リフターを手に
「こんなガタガタでいいのかよ!」
と、鼻先に突き付けてきた。

「はい、バルブを押し上げている間に隙間から漏れる油量を計算し、バルブが閉まっている間にスプリングで押し戻して充分補給できるよう、隙間とスプリングの強さを決めましたから大丈夫です」
と、入社間もない怖い物知らずの若造は、自分の設計に自信を持って答えた。

 オヤジさんは、ニヤーッと笑って、
「本当か? そいじゃ、まあやってみろ」
と、言い捨てて、立ち去った。

 我にかえって周りを見わたすと、十人ちかい人垣が、「今日は殴られるのを見損なった」といわぬばかりに、散っていった

 「そうか、こういう時に、まかり間違えればゲンコツが飛んでくるんだ」と分かったとたん、身震いした。

 見物人は「丸野がこんなことで、オヤジにもう少しで殴られるところだった」と言いふらすものだから、その日のうちに研究所じゅうに知れ渡った。オヤジさんは「みんなにもいっとけ!」と、いう必要はなかったのである。

 後で知ったのだが、オヤジさんは国産車がほとんどない時代に自動車修理屋の小僧だったから、アメリカ車をいじっていた。アメ車に使われていた大型のハイドローリック・バルブ・リフターの隙間が、どのくらいシックリしていたか、触感で覚えていたに違いない。それで私の設計はオカシイと、ピンときたはずだ。

 若いヤツが、一生懸命計算して初めて作ったのなら、その計算のどこが間違っているか悟らせて、これからもっと真剣に計算するように、思い知らせてやろうと、ニヤッと笑って立ち去ったのに違いない。

 テストしてみたら、すぐ駄目なことが判明した。
 プランジャーがシリンダーの真ん中で、どちらにも偏らずに全周同じ隙間を保って動くなどと、誠に学生らしい単純な思い込みで油の漏れ量を計算したためだった。

 プランジャーを偏らせて計算し直してみると、油の漏れ量は倍だった。

 オヤジさんに理由を説明して謝ったら、低い声で、
「そら、見ろ!」
また、ニヤッとされてしまった。

 いくら厳密に計算して正確に図面を描いたつもりでも、実際に物が出来て、手に取り、指で触ったり、チョット組み立てて動かしてみたりすると、必ずしも思った通りには出来ていないものだ。

 それ以降、検査の棚に並んだ部品は、毎朝チェックした。
 まずい物があったら、オヤジさんに見つかる前に修正したり、作り直したりした。間に合わない時には隠した。

 そして、「絶対に、先を越されてヘンナモノをオヤジさんに見付かってはいけない」というのが、ホンダの設計者の鉄則だということを知った。

 それでも、F1を開発している間じゅう検査に呼び出されて、
「バルブの首の形状が悪い。これじゃ空気が渦を巻いてスムースに流れないぞ!」
「コンロッドの、この隅Rはなんだ! ここから折れるぞ!」
「クランクケースのリブの位置が悪い。オイルが飛び跳ねてクランクが回る抵抗になる」などと、まるでエンジンの中に入って見てきたようなことをいう。

 きっと昨夜、夢の中で、オヤジさんは、何とかしてフリクションを減らし、もっと馬力を出せないものかと、クランクケースの中を見回したに違いないのだ。
 担当者より一生懸命考えていたのが、オヤジさんだった。

 検査の棚にだけ気を取られていると、組立室から電話が来る。
 「ベンチテストで壊れたF1エンジンを分解しているところに、オヤジさんが来て、見てますよ」

 これは図面なんか描いちゃいられないと、すっとんで行く。
 コンロッドが折れてシリンダーブロックの壁を叩き破り、ピストンはシリンダーヘッドに叩き付けられて穴があき、バルブは丸い鉄の塊になっている。コンロッドの破断面を見ると、疲労破壊の波模様が残っている。軽量化のやり過ぎで、強度が少し足りなかったのだ。

 ここまで原因が明確だと、オヤジさんも、
「ちょっと、やり過ぎたな」
と、隣で、ゆっくり念を入れて組立てているF1の車体の方へ注意を移した。

 F1の車体組立てと言えば、こんな事があった。
 1989年にアメリカ駐在を終えて研究所に帰って来た時だった。第二期F1の真っただ中にいた後藤治君に、マクラーレン・チームがF1の整備をしているマクラーレン棟に案内されて、隔世の感にうたれた。

 レース場のピットではなく、研究所の建物の中で整備しているのに、彼等は走って部品を取りに行き、車体の下に仰向けに潜って、大急ぎでレンチを回して締め付けている。

 F1がレース中にピットインした時、短時間に間違いなく作業ができるよう、日頃から体と頭を鍛えているように見えた。

 コンピューターで計算し、キャダム(CAD-CAM)で図面を描き、シミュレーションで先行テストをやって、コンピューター制御の工作機械で部品を作る時代になったが、組立てだけは、人間が手でやっている。その組み立てのやり方までも変わってしまったのだ。

 オヤジさんが、この光景を見たら、何と言っただろうか?