2001年9月。ホンダのF1スタッフは、インディアナポリス・モータースピードウェイにいた。F1GP第15戦アメリカGPを、BARとともに闘うためである。しかし、30年以上前に、自分たちの先輩によって、そこをホンダのマシンが走ったことを知るメンバーはほとんどいなかった。
ホンダは、1968年11月3日のF1GP最終戦メキシコGPをもって、第一期F1活動を休止した。その最終戦を終えた故中村良夫ホンダF1チーム監督は、そのまま日本に帰らず、“より道”してテストを行なうことにしていた。テスト会場はインディアナポリス・モータースピードウェイ。ホンダ第一期F1最後のレースであるメキシコGPを走ったホンダRA301を持ち込んで、2日間の走行テストを慣行したのである。
マシンは、メキシコGPでジョー・ボニエ(1972年のル・マン24時間のアクシデントで他界)にレンタルし、5位を得たRA301である。中村良夫監督の興味は至って基本的なところにあった。“インディカーとF1マシンの比較”である。1968年11月、寒さの厳しいインディアナポリスに冬の便りが届きはじめた時だった。
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