語り継ぎたいこと 〜チャレンジの50年〜

  1. 語り継ぎたいことトップ>
  2. Hondaのチャレンジングスピリット>
  3. アメリカン・ホンダ・モーター設立 / 1959

アメリカン・ホンダ・モーター設立 / 1959

未知の市場開拓に挑む

アメリカン・ホンダ・モーター設立 / 1959

大反響を呼んだ『ナイセスト・ピープル・キャンペーン』

1962年12月、アメリカン・ホンダの年間総販売台数は4万台を突破、契約販売店の数は、全米一となる750店近くにまで増えた。
川島は、アメリカン・ホンダの1963年度の販売目標を、前年の販売実績の5倍増に当たる20万台に設定。アメリカン・ホンダのスタッフたちは、この数字を聞いて驚いた。
しかし、川島は、モーターサイクルに乗る人たちの社会的評価とアメリカン・ホンダの商品の知名度をさらに高めていくことができれば、不可能な数字ではないと考えていた。そのための多額の投資も覚悟し、かつてない巨額の広告費を投入するつもりでいた。

そして、大手広告代理店・グレイ社から提案された『YOU MEET THE NICEST PEOPLE ON A HONDA(素晴らしい人々、Hondaに乗る)』をキャッチコピーとする広告キャンペーンを採用し、アメリカ西部11州を対象に大々的に展開することにした。

Photo

『YOU MEET THE NICEST PEOPLE ON A HONDA』のポスターを前に。左端が川島(当時、アメリカン・ホンダ支配人)と右から2人目が藤澤(当時、専務)

この広告には、主婦や親子、若いカップルといった良識ある人たち、いわゆるナイセストピープルが、さまざまな目的でスーパーカブに乗っている姿が描かれていた。その色彩鮮やかなイラストと完成度の高いデザインは、これまでモーターサイクルという言葉を聞いて嫌悪感を抱いたり、モーターサイクルに対して全く関心を示さなかった人たちに、日常の暮らしに密着した手軽な乗り物としての、モーターサイクルの新しい存在価値を強烈に訴え掛けた。

「オートバイが欲しい」
という成長期の子供たちの声に横を向いていた母親も、
「Hondaだったら買ってあげる」
と妥協。スーパーカブは、誕生日やクリスマスのプレゼントとしても人気を集めるほどになった。学生やビジネスマン、主婦をはじめとする多くの層からの支持を得て、大衆商品として認められるようになっていった。

『ナイセストピープル・キャンペーン』が大反響を呼んだことで自信を持ったグレイ社は、
「アメリカン・ホンダとして、アカデミー賞授賞式にスポンサー参加してみないか」
と、川島に話を持ち掛けてきた。

アカデミー賞授賞式は、全米が注目する一大文化イベントであり、その模様は全米にテレビ放映される。7、8割を超える高視聴率を誇るこの番組の中でコマーシャルを放映すれば、商品とアメリカン・ホンダの名前を一気に全米中に広められるチャンスだ、と言うのである。放映料は、1分30秒立てのコマーシャル2本で30万ドル(約1億円)だった。約1200台分のスーパーカブの売り上げがあっという間に吹き飛んでしまうような破格の値段を提示され、さすがに川島は返事をためらった。

「30万ドルということで、ちょっと私も考えましたよ。でも、勝負どころはそんなに何回もあるものではないと(藤澤さんから)教わっていますし、『よし、やろう』ということで決断したんですけどね。やっぱりちょっとびびりましたね、正直なところ…」(川島)。

アメリカン・ホンダは外国企業として初めて、アカデミー賞授賞式にスポンサーとして参加することになったが、モーターサイクルメーカーが参加するのは前代未聞のことであると、関係者の話題を呼んだ。

1964年4月、全米中に放映されたテレビコマーシャルは、予想以上の反響を呼んだ。新たにHondaの販売店を始めたいという人が圧倒的に増えたほか、全米中の一流企業から、
「当社の販売促進キャンペーンの商品として、ぜひスーパーカブを使いたい」
といった、タイアップの申し込みが殺到したのである。スーパーカブは、日常の暮らしに密着した手軽な乗り物としての新しいオートバイの価値を全米にアピールしたことで、アメリカ社会に根付いていたモーターサイクルに対する邪悪なイメージを払拭し、全米規模の爆発的なヒット商品に成長していった。

「やっぱり商売というのは総合戦だと思いますね。まず商品が良くなきゃいけない。それにふさわしい組織、組織を動かす人間がいなきゃいけない。その点で私はいい商品に恵まれたし、スタッフにも恵まれた。それから何といっても自らの販売網をつくろうとするHondaの思想というものが、やはり1番大きな原動力だったと思います。小売店を直轄にしたことが、アメリカにおける販売網・販売の成功につながったと思いますね」(川島)。

Hondaのチャレンジングスピリット

エキスパートを生み出すシステム
  1. エキスパートを生み出すシステムエキスパートを生み出すシステム
  2. 技術研究所の分離・独立 / 1960技術研究所の分離・独立 / 1960
  3. 私の記録、資格制度の導入 / 1960私の記録、資格制度の導入 / 1960
ついに果たした四輪業界への進出
  1. ついに果たした4輪業界への進出ついに果たした4輪業界への進出
  2. S360・T360発表 / 1962S360・T360発表 / 1962
  3. 4輪車の販売体制づくり / 19664輪車の販売体制づくり / 1966
  4. N360発表 / 1967N360発表 / 1967
  5. Honda1300発表 / 1968Honda1300発表 / 1968
  6. CVCCエンジン発表 / 1972CVCCエンジン発表 / 1972
  7. シビック発表 / 1972シビック発表 / 1972
  8. アコード発表 / 1976アコード発表 / 1976
世界に市場を求め、需要のある所で生産する
  1. 世界に市場を求め、需要のある所で生産する世界に市場を求め、需要のある所で生産する
  2. アメリカン・ホンダ・モーター設立 / 1959アメリカン・ホンダ・モーター設立 / 1959
  3. ベルギー・ホンダ・モーター設立 / 1963ベルギー・ホンダ・モーター設立 / 1963
  4. ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング設立 / 1980ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング設立 / 1980
展開期に向けての爽やかなバトンタッチ
  1. 展開期に向けての爽やかなバトンタッチ展開期に向けての爽やかなバトンタッチ
  2. 本田・藤澤両トップ退任、河島社長就任 / 1973本田・藤澤両トップ退任、河島社長就任 / 1973
先進性・独創性にあふれた技術・商品群
  1. 先進性・独創性にあふれた技術・商品群先進性・独創性にあふれた技術・商品群
  2. 長円形ピストン・エンジン / 1979長円形ピストン・エンジン / 1979
  3. ホンダマチック・トランスミッション / 1968ホンダマチック・トランスミッション / 1968
  4. カーナビゲーションシステム / 1981カーナビゲーションシステム / 1981
  5. エアバッグ・システム / 1987エアバッグ・システム / 1987
  6. 舵角応動型4輪操舵システム(4WS) / 1987舵角応動型4輪操舵システム(4WS) / 1987
  7. VTECエンジン / 1989VTECエンジン / 1989
  8. MEエンジン(G100・150・200・300・400)シリーズ / 1977MEエンジン(G100・150・200・300・400)シリーズ / 1977
  9. ZEエンジン(GX110・140・240・270・340)シリーズ / 1983ZEエンジン(GX110・140・240・270・340)シリーズ / 1983
  10. DREAM CB750FOUR / 1969DREAM CB750FOUR / 1969
  11. CG125 / 1975CG125 / 1975
  12. ロードパル / 1976ロードパル / 1976
  13. シティ / 1981シティ / 1981
  14. NSX / 1990NSX / 1990
  15. オデッセイ / 1994オデッセイ / 1994
  16. 電気自動車・Honda EV PLUS / 1988電気自動車・Honda EV PLUS / 1988
  17. 携帯発電機・E300 / 1965携帯発電機・E300 / 1965
  18. 歩行型芝刈機・HR21 / 1978歩行型芝刈機・HR21 / 1978
  19. ミニ耕うん機・F200『こまめ』 / 1980ミニ耕うん機・F200『こまめ』 / 1980
ものづくりの本質を追求するHondaの生産技術
  1. ものづくりの本質を追求するHondaの生産技術ものづくりの本質を追求するHondaの生産技術
  2. ホンダエンジニアリング設立 / 1974ホンダエンジニアリング設立 / 1974
  3. 世界一コンパクトな溶接ライン / 1982世界一コンパクトな溶接ライン / 1982
  4. 箱物部品のモジュールトランスファーライン / 1981箱物部品のモジュールトランスファーライン / 1981
  5. 塗装自動化ライン / 1988塗装自動化ライン / 1988
レースへのあくなき情熱
  1. レースへのあくなき情熱レースへのあくなき情熱
  2. 鈴鹿サーキット完成 / 1962鈴鹿サーキット完成 / 1962
  3. 2輪世界GP参戦 / 19792輪世界GP参戦 / 1979
  4. F1参戦 - 第1期 - / 1964F1参戦 - 第1期 - / 1964
  5. F1参戦 - 第2期 - / 1983F1参戦 - 第2期 - / 1983
  6. インディカー・レース参戦 / 1994インディカー・レース参戦 / 1994
  7. ツインリンクもてぎ誕生 / 1997ツインリンクもてぎ誕生 / 1997
アイデアを出して大いに遊ぶ
  1. アイデアを出して大いに遊ぶアイデアを出して大いに遊ぶ
  2. 創立15周年を京都で祝う / 1963創立15周年を京都で祝う / 1963
  3. オールホンダ・アイデアコンテスト開催 / 1970オールホンダ・アイデアコンテスト開催 / 1970
自然と人々と社会との共生
  1. 自然と人々と社会との共生自然と人々と社会との共生
  2. 安全運転普及本部発足 / 1970安全運転普及本部発足 / 1970
  3. Honda・フランツ・システム車の開発 / 1982Honda・フランツ・システム車の開発 / 1982
  4. ホンダ太陽・希望の里ホンダ・ホンダR&D太陽設立 / 1992ホンダ太陽・希望の里ホンダ・ホンダR&D太陽設立 / 1992
  5. ふるさとの森づくりスタート / 1977ふるさとの森づくりスタート / 1977
  6. 『お礼の会』開催 / 1991『お礼の会』開催 / 1991